―俺ってこんなに不器用だったのか…。

 日が傾きだし徐々に涼しさが増す夕刻…その頃にはヒューはすっかり参っていた。

 彼はかなり器用な方である。
 一度見た事はどんな事も大概は忘れないし、それを模倣する事も彼にとっては簡単な事だった。
 しかしこれだけはどうしても上手く真似する事が出来ない…。
 日々の整備の積み重ねで油の薄黒い色がこびり付いた彼の指先は今日は更に墨汁で真っ黒になっていた。

「お前なあ、何度いったら…そこは下がるんじゃなくて上がるんだよ!お手本ちゃんと見てんのか?」
「う、分かってはいるつもりなんですが…。」

 ヒューの書く字はお世辞にも美しい、と呼べるモノではなかった。
 むしろ辛うじて読めるか読めないか…見えない先行きに六はため息をついた。

 どうしても漢字が書きたい。
 そんな熱意を胸に六の家の門を叩いたヒューを「まあ、どうせ暇だし構わんよ。」と軽い気持ちで迎え入れたのだが…正直少し後悔しはじめていた。

 鬼気迫る表情で筆を握るヒューに六は再び軽くため息をつくと、ずっと疑問に思っていた事を口にした。

「あのさ、何でお前はそこまでして漢字が書きたいんだ?」

 六のその言葉にヒューは一瞬返答を戸惑ったが、そのうち観念したかのように答えた。

「職業の欄に、漢字で「整備士」って書きたいから…。」
「…。」

 一瞬本気で噴出しそうになったのを六は咳払いで誤魔化すと真面目な顔で頷いた。

「そうか…じゃあせめて、その字だけは綺麗に書けるようにしねぇとなあ…。」
「すみません、もう一度、よろしくお願いします!」

 そんなヒューの必死な様子に六は苦笑いすると、盆の上に置かれていたグラスを差し出した。

「まあ、とりあえず水でも飲んで少し休憩しろや。」
「ありがとうございます…。」

 そして、差し出された水を飲んで今度はヒューが噴出しそうになった。

「こ、これお酒じゃないですか…!」
「あー、飲めば少しはリラックスするんじゃねえの?お前ガチガチになりすぎ。」
「そうじゃなくて、俺今日ここにバイクで来てるんですけど…。」
「じゃあ泊り込みで「整備士」の修行だな。」

 豪胆に笑う六を見て一抹の不安を覚えながらも、ヒューは勿体無いから…と手に持ったグラスの酒をとりあえず飲み干した。

「お、いい飲みっぷりじゃねえか。」
「そ、そうですか…?」

この後、お習字会が飲み会になったのは言うまでも無い。

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ほのぼの系の小話で(笑)六&ヒューです!
こんな話でよかったんだろうか。
本来兄さんはすごい器用です。一度見れば何でも真似できます。
だから仕事もバリバリ喧嘩も負け知らずです(爆)

しかし、ヒュー兄さん、漢字より先にひらがなをペン字とかで
習得した方がええんでは、とか思ったりしました。
絵のパースは気にしてはいけません(爆)

04/10/25


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