ハーイハーイハイキングハーイ♪
ししゃもと一緒にハイキングハーイ♪

「あーあ、僕が力持ちさんなら自転車を担いで運んで行くんだけどなあ…。」

 アスファルトに腰を下ろしたままサトウさんは押しても引いても動かない愛車を見つめてぼやいた。

今日はししゃもとハイキングに行くべく張り切って早く家を出た。
お弁当だって用意したし、ししゃものご飯だって何時ものよりちょっと奮発していい缶詰を買ってきた。
青く晴れた空の下、自転車で気持ちよくいつもの道を走っていた…ほんの数刻前までは。
― そしてそれは突然訪れた。
変な音がしたかと思うと、自転車がまったく動かなくなってしまったのだ。
とりあえず転倒しなかったのは不幸中の幸いだろう(転倒してたらししゃもが放り出されてしまう所だった!)
だが、困った事はそれだけではない。
壊れた自転車に気を取られていたら、フと気が付いた時にはししゃもが何処かに行ってしまっていたのだ。
これでは自転車を置いて一旦家に帰って計画を仕切り直す事も出来ないし、ハイキングに歩いて行く事も出来ない。

「ししゃもも何処かに行ってしまうし、僕、どうしたらいいのかなあ…。」

 結局どうしたらいいのか分からず、ボーっとしているサトウさんの視界の端に見慣れた猫が見えたのはその時だった。

「ししゃも!一体何処まで行って!って…えッ?」

 前方から走ってくるのは紛れも無くししゃもだ。
 しかしその背後から見慣れない人物が猛烈な勢いでししゃもを追いかけている。

(…し、ししゃもが悪い人に追われている!?)

 ししゃもを追いかける青年の表情は、地獄の底で罪人をジワジワ甚振ってそうな鬼の形相に見えた…少なくともサトウさんにはそう見えた。
 あんな怖そうな人に捕まったら、とってもプリティキュートなししゃもはとっても酷い事をされるに違いない…!


「ど、どうしよう、追いかけてる人、目つき凄く悪いし怖そうだけど…ううん、ししゃもを守る為だ…!」

― 何故ししゃもが追われているのかとか、よくよく見ると追いかけている青年はかなり必死でちょっと情けない表情だったとか、そんな事はサトウさんには関係のない事だった。

「ええーい!!!」

 覚悟を決め、大きく叫ぶとサトウさんは猛ダッシュしてししゃもを追う青年の細い腰に決死のタックルをかました。

「ししゃも〜!よく分からないけど、今のうちに逃げるんだ〜!」
「ぅわあッ!?な、何だアンタ!邪魔するなよ!」

 サトウさん渾身のタックルに青年は大きくバランスを崩したものの、転倒する事無くその場に踏みとどまった。
 そしてサトウさんの襟首を掴むと自分の体から引っぺがし、そのまま持ち上げる。
 …どうやら青年は見かけに拠らずかなりの「力持ちさん」らしい。
 恐る恐るタックルをかました相手を見上げるとサトウさんは精一杯の作り笑顔をした。

「ほ、細いのに随分力持ちなんですねぇ…」
「整備士をしていればこれくらいの力はつく。」

不機嫌そうに睨みつけるヒューの「整備士」という言葉にサトウさんが目を見開いた丁度その時、二人の元まで戻ってきたししゃもがヒューの足首にじゃれ付いた。

「…ん、何だ?逃げたんじゃないのか、お前…」

 驚いた様子でヒューはそう言うと、サトウさんを離してししゃもの前に屈み込んだ。
 それを待っていたかのようにししゃもは咥えていた小さなネジのような部品をヒューの手の上に戻すと、へたり込んでいるサトウさんの元に走り寄った。

「その部品、この猫…えっと、ししゃもがここまで持って来たんですか?」
「ああ、小さくても、俺にとっては大事な部品なんでね…慌てて追いかけてきたんだ。」
「だとしたら…多分ししゃもは貴方を此処に呼ぶ為にソレを持ってきたんです。決して盗むつもりはなかったんだと思います。」
「俺を呼ぶ為?」
「実はハイキングに行く途中で自転車が壊れてしまって、困っていた所だったんです。」
「…、なるほど。」

 つまり、日々の通勤でこの通りに整備場があるのを覚えていたししゃもは整備場まで駆け付け、ヒューを呼び出す為に大事な部品をここまで運んできたのだ。

「お宅のおチビちゃん…ししゃもだっけ?随分と利巧なんだな。」

 ししゃもを関心した様子で見つめていたヒューは壊れた自転車に視線を移す。

「あれはココじゃちょっと修理は無理だな。整備場からはそんなに離れてないし、運んで修理しようか。」
「修理、お願い出来るんですか!?」

 ヒューは自転車を持ち上げると、心配そうに見つめるサトウさんにむかってにっこりと笑う。

「午後からのハイキングには間に合うように直してやるよ。」
「あ、ありがとうございます!」
「しかし、ししゃもはイイ飼い主を持って幸せだな〜見知らぬ人間にあそこまで強烈なタックルかませる奴はそういないよ。」
「す、すみません…。」

 申し訳なさそうに頭を下げるサトウさんに別に気にしてないよ、と笑って声を掛けたヒューだったが、フと何かマズい事でも思い出したのか瞬時に顔を強張らせた。

「…やば!やりかけの仕事あのまま放っておいたら親方に叱られる!俺は先に整備場まで走って戻ってるよ!」

 言い終わらぬ内に自転車を担いで走り出したヒューの後を追うようにししゃもも走り出す。
 そして少し走りかけて、くるりとサトウさんの方を振り返ると、にゃあ、と一声鳴いた。

― まるでそれは『一緒に整備場まで競争しようよ!』と誘っているかのようだった…少なくともサトウさんにはそう見えた。

「よーし!僕、結構足には自信があるです、負けませんよ!」

 何故か勝手に競争をはじめたサトウさんだった…が、結局整備場に一番最後についたのはサトウさんだったという。


 ちなみにこの件がサトウさんが翌朝から自転車ではなくランニングをしながら会社に通うようになったのに関係しているかどうかは不明である。

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というわけで、サトウさん&ししゃも&ヒューでした!
サトウさんが完全天然キャラと化しています。スミマセン。
ししゃもはおりこうさんにしてみました(笑)

ヒューは細いのにかなりの力持ちです。
片手でリンゴクラッシュも出来ます!(親が昔やってたような気もする(爆))
握力がないとネジもしっかり回せないので力は強いはずです、多分。


04/11/04


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