「古城の湖の色は澄んだ美しい青で、そうだな、その色はまるでお前の瞳の色のようだった…」
「そうゆう口説き文句は女性に言ってください。」
何時もならば「これだけ古い物だと流石に新品みたいに直すのは無理ですけど。」などと軽口を叩きならがらもキッチリと修理をしてみせるヒューだが、今日の彼の眉間には深く皺が刻まれたままだ。 ヒューの何時にない深刻そうな表情をみて、ユーリはソレがもう「寿命」である事を悟った。 「…やはりもう無理かね?」 その言葉にヒューは目を伏せ、小さく頷いた。 どんな物でも直す それはヒューの口癖であり、特技でもある。 だが物を修理するというのは人に例えれば病気にかかった人間を医者が治すのと同じようなものだ。 死んでしまった人間を生き返らせる事が出来ないのと同様に寿命が来てしまった物はいくら彼でも直す事は出来ない。 ユーリが持って来たオルゴールも「寿命」を迎えた物の一つだ。 シリンダーやコームを含む壊れた部品を全て取り替えれば再び美しい音色を奏でる事も出来るかもしれない。 だがソレはユーリの望む以前と同じ音色にはならない…。 「すみません、力添え出来なくて…。」 ヒューは落ち込んだ様子で動かないオルゴールを優しく机の上に置くと、折角此処まで来てくれたのだからお茶くらいは飲んでいってくださいとユーリを事務所に迎え入れた。 「オルゴール、随分と古い物なんですね。」 「ああ…眠りにつく前に手に入れた物だから、お前達にとっては随分と古い物になるのかもしれないな。」 ユーリは事務所の椅子に深く腰掛けると瞳を閉じ過ぎ去った時を懐かしむかのように語りだした。 オルゴールを手に入れた時に住んでいた場所はとても美しい湖畔に面した古城だったという事。 読書の合間に時々ネジを巻いてはその音色を楽しんでいた事。 流れる優雅な音色と共に長い眠りについた事。 そして今はその城も、美しい湖も存在しないという事…。 |
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浮世離れした話と浮世離れした美しい客人にヒューは小さい溜息をついて目を細めた。 言葉と言葉の合間に唇をなぞる細い指、弄っていた長い前髪をフとかき上げる仕草…、全てが優雅で美しい。 ユーリが座っているというだけで事務所の薄汚れた椅子が美しいアンティークの椅子に見える程だ。 そしてヒューは今自分の目の前にいる者が「人」を超越した存在である事を強く感じていた。 彼は人間では到底考えられない程、気の遠くなる長い時間を過ごしているのだ。 「ユーリさんは、とても長い時間を過ごしているんですね…。」 「ああ、少なくとも、そのオルゴールよりはずっと長い時間を。」 「…辛く、ありませんか?」 突然の言葉にユーリは青年の方へと瞳を向けた。 血のように赤い双眸で直視しても決して逸らす事のないヒューの視線は真剣そのものだったが、その澄んだ青い瞳の奥には僅かな戸惑いと怖れが内包されているかのように見えた。 ユーリは軽くため息をつくと、諭すように語りだした。 「消え去っていったあの青い湖と同じ様に、お前も何時か私の前から居なくなるだろう…だが、お前との出会いは私の中で確かに生きていく。身を裂かれるような辛い別れがこれから待っていようとも沢山の人間との出会いが、それに伴う喜びが、私を支える強さになる。…だから私は今を楽しめるのだよ。」 何か思い当たる節があるのだろうか…その言葉に黙り込んでしまったヒューを見て、ふむ、少し”痛い”事を言ってしまったか。とユーリは言った。 「いえ、痛いだなんて、そんな事はないです!…とても、凄い事だと思います。俺は…まだ…。」 「焦る事は無い。私にとって人の一生は瞬きのようなものだが、お前達にとってそれは決して短い物ではないだろう?」 ユーリにしては珍しく優しく諭すような言葉にようやくヒューは表情を和らげた。 「はい…有難うございます。」 「それに過ぎ去っていったものを懐かしみ、忘れずに大切にする事を私は悪い事だとは思わん。むしろ未練という感情を羨ましく思うがな。」 「そ、そうですか?」 「ああ。しかし、だからと言って古い茶葉を大事にするのは戴けないな。もう賞味期限切れているだろうこの茶葉。」 「………えぇッ!?ほ、本当ですかっ?」 ヒューは表情を一変させると慌てて茶葉の缶の底に書かれている賞味期限を調べた。 …確かに期限が2日ほど過ぎている。 長い歴史を歩んできた吸血鬼の舌は人間では考えられない程、こってりと肥えているようだ。 背中に嫌な汗が伝うのを感じながら目の前で偉そうに踏ん反り返っている者が「人外」な存在である事をヒューは改めて強く実感したのだった。 ************************** というわけでユーリ&ヒューでした。 もの凄い勢いで難産でした…UPが遅くなってしまいスミマセン! オチが浮かばなかったというのもありますが慣れない文作りに悪戦苦闘でしたよ〜! 相変わらずツッコミどころ満載ですがあまり気にしないで下さい…所詮小話なので(笑) 04/11/08 |