新月の夜は正直あまり残業はしたくない。
厄介事を運んでくる客が多いからだ…なんか、今日もまた嫌な予感がする。

「わりぃ、もう閉店か?」

 深夜、ようやく残業を終え疲れきった体で工場のシャッターを閉めようとしていたヒューは突然背後から掛けられた声に驚き振り返った。
 ソコにいたのは闇夜の一部を切り抜いたような漆黒のツナギに身を包んだ細身の男…背は自分よりもやや高めだ、日本人にしては長身な方に入るだろう。
 小脇にはツナギと同色の布に包まれた箱状の物を抱えている。
 人の気配には敏感な筈の自分が全くその存在に気づけなかった事にヒューは訝しげに顔を顰め漆黒の客人へとぶっきらぼうに声を掛けた。

「…修理?」
「ああ、急ぎなモンだからよ。頼めるか?」

 ヒューはその言葉に小さく頷くと親指を工場の奥へと向けた。

「こんな所で立ち話も何だし事務所へ来なよ。…これはアンタの為だけじゃなくて俺の為でもあるんだけど。」
「あ?どういう意味だ。」

 事務所へと向かいながらヒューは遠まわしにKKの質問に答えた。

「知ってるか?整備っていうのは目で見るだけじゃなくて、エンジン音やガソリンの燃焼する臭いからも状態を判断しなきゃいけない。」
「ああ。」

 KKが頷くのを視界の端で確認するとヒューは自分の鼻を人差し指でツンツンと触りながら言葉を続けた。

「だから整備士の鼻は効くんだ。アンタからは僅かだけど硝煙と血の匂いがする。そんな物騒な匂いこびり付かせてる奴が持ってくるモノは大概きな臭い物ばかりだからな、俺も表立って整備したくないんだよ。」
「へぇ、随分と性能のイイ鼻してんだな。お前警察犬にでもなれるんじゃねえの?」

 危機感を感じさせない返答にヒューは歩みを止めて振り返ると、KKを朱の双眸で見据えた。

「あのな、アンタ…俺は一応心配して言ってやったんだぜ?こんな簡単に俺みたいな一般人に素性がばれるのはマズ」

 そこまで言った所でヒューは鼻先を押さえてうずくまった。

 暫く小さな声で唸りながら悶絶した後、自分の鼻先を容赦の無い力でピン…というより、ビシッ!と指先で弾いた相手を涙を溜めた目で恨めしそうに睨みつける。
 そんなジメジメとした視線を受けながら鼻ピンをした当の本人は悪びれた様子もなくヒューを見下ろした。

「ぃってえな!」
「坊や、そうやって下手にコッチの世界に首つっこむと危ないぜ?…まあ、きな臭い物騒なモンまで整備してる時点でもう一般人じゃねぇと俺は思うがな。」
「俺は依頼された品は全て整備する、ただそれだけだ。別に物騒なものを専属で取り扱ってるわけじゃない。」

 遅れて出てきた鼻血を手の甲で拭いながらヒューはいたって真面目に答えた。

「ふぅん、そうかそうかそりゃイイ心掛けだ。じゃあよ、コレ直せるか…?」

 乱暴に渡された包みを開いてヒューは暫く硬直すると据わった目でKKを見上げた。

「これを、か…?」
「何だ、お前の腕でも直せねぇのか?」
「いや…直せる。直せるけど…はっきり言って買い直した方がいいと思うぜ。費用を考えると新品買った方が割安だし性能も上がる。…まあ、しかしよくココまで整備もせずに酷使できたモンだな。」

 嫌味も含まれた的確な指摘にKKは顔を顰めるとヒューの顔を覗き込んだ。

「さっき急ぎだと言ったろ?明日の朝までに必要なんだ。」
「じゃあ尚更だ、今から修理したってコイツの鈍足な性能じゃきっと手遅れになる。」
「うーん、そうか…。」

 腕組みをして本当に困った様子で押し黙ってしまったKKに、ヒューは仕方なく提案を申し出た。

「…あのさ、なんだったら俺のウチにある奴使っていくか?その間に俺はコイツを修理するからさ。」
「お、本当か?そりゃ助かるな!」



― あまりに酷使しすぎてぶっ壊れたプリンターを修理しながらヒューはパソコンでせっせとチラシを出力するKKに問い掛けた。

「基本的に俺はお客の素性を聞いたりはしないんだが…あんた何モンだ?」
「何でも屋さんだ。今回は迷子のネコを探す依頼でな、明日までにチラシを作ってくれってカワイイ子に頼まれたのにプリンターが動かなくなって困ってたんだよ。」
「迷子のネコを探す殺し屋かよ…。」
「殺し屋じゃねえ、掃除屋だ。」

 同じだろう…と心に思っても口には出さずヒューは大きな溜息をついた。

「まぁ、プロの殺…掃除屋サンは仕事道具は基本的に自分で全部整備するのが普通だからな。自分のクセは自分にしか分からないから…。」
「ご名答。まぁでも…お前には何時か見てもらってもいいかもしれねぇな。」

薄笑いをニヤニヤと浮かべてパソコンディスクから見下ろしてくるKKにヒューは露骨に顔を顰めると嫌味も込めて一応礼を言った。

「毎度。このプリンターみたいにボロボロなものが持ってこられない事を祈ってるよ。」


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KK&2Pヒューです。
Mさんとのホムクル話から沸いて出てきた小話なんですが、どうしても私が普段描いているヒューでは性格と言葉使いが合わなかったので
(基本的にお客さんや年上の人には敬語使うので)今回は2Pにしてみました〜。
1Pに比べてワイルドで、ちょっとドジで、頼まれ事は断れない、根は優しい性格故、厄介ごとについつい首を突っ込んでしまう兄さんといったカンジです。
鼻ピンが避けられない等、1Pよりも身体能力は通常の人間に近いです、仕事内容を除けばいたって普通の整備士です銃弾を撃ち返したりしません(爆)

まあ1Pも2Pも苦労人である事には変わりないですが(笑)

04/11/21


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