「いや、本当感動したんだぜ、放り投げたボルトナットの穴にドライバーを通して壁にぶっさすなんて普通じゃ出来ないって!」
「あのセリフの後じゃ誉め言葉には聞こえないよ…。」
「うーん、俺的にはアレは最初から誉め言葉のつもりだったんだけどなぁ。」
「…。」

「…は?本気で言っているのか!?」

 口に運びかけたビールを思わず止めるとヒューは露骨に顔を顰めた。
 普段の彼ならば余程の事がない限りここまで顕わに否定的な感情を出す事はないのだがDTOが突然持ち出した要望はそれに十分足るものだった。

「なんだよそんなに嫌がらなくてもいいだろ?ちょっとウチの生徒の前で英語を喋ってくれればいいだけだって。」
「俺には無理だよ。」
「異文化の交流!ネイティブスピーカーとの触れ合い!…ってのが授業に必要らしいんだよ。 な、頼むって。」

 ヒューの横に座って酒を飲んでいるDTOという男― 高校で英語を教えているこの男はいつもこんな調子だ。
 ちょっと強引で大雑把で人情家で漫画好きで庶民派で… まあ一言で言うなら「イイヤツ」だ。

 何時からDTOと飲み仲間になったのか…ヒューははっきりとは覚えていなかった。
 いきなり飲み屋で英語で話し掛けられ日本語で返答したら「なんらよ!外国人ならしゃんと英語で答えろろな!」 とちょっと呂律の回っていない日本語で逆ギレされたのを辛うじて覚えている程度だ。
酒を飲んでいる時にころころと目まぐるしく変わる表情は見ていて飽きないし自分に無いモノを沢山持っているDTOをヒューは結構気に入っていた。

…しかし今回持ちかけられた要望だけは戴けない。

 ヒューは先刻飲み損ねたビールを一気に半分煽ると、小さく息を吐いてDTOに向き直った。

「つまり、英語圏出身の人間が生徒の前で英語喋れば問題ないわけだ?」
「まぁ、ぶっちゃけそーなるかな。」
「そうか…分かった、ちょっと待ってくれ。」

 そう言うとヒューは傍らに置いていたリュックから携帯を取り出すと慣れた手つきで誰かに発信する。
 十数回目のコールの後ようやく相手が着信に出たらしく、携帯越しの「Hello?」という声に神妙な面持ちでコール音を聞いていたヒューの表情が僅かに緩んだ。

「ああ、ジェフ?俺、ヒュー。忙しい所悪ぃ、実はちょっと頼みが」
「だー!こらー!ちょっと待てーッ!」

 ジェフという聞き慣れた名称にDTOはヒューから疾風の如き素早さで携帯を奪うと相手の事などお構いなく即行で終了ボタンを押した。
 突然の失敬な行為を非難しようと口を開きかけたヒューにその隙を与える事なくDTOは取って食わんばかりの勢いで畳み掛けた。

「ジェフってあのジェフだろ!?ギタリストで有名な!」
「ン、ああ、そうだけど?」
「ダメダメダメ!そんなヤツが授業にきたら、女子共が騒いで授業にならないだろ?それ所か学校中が大騒ぎだ!」
「あ、そうか。」

 尤もな理由にヒューは納得したように髪を掻くと、しかし横目でジロリとDTOを睨みつける。

「だからっていきなり通話を切らなくてもいいのに…後で謝るの俺なんだからな。」
「んースマンスマン。」

 大して悪びれた様子もなくDTOは軽く手をひらひらと振ると、話題を転換させる為に一口ビールを飲んだ。

「しっかし何でそんなに嫌がるんだ?ただ英語で普通に話せばいいだけだぞ?してくれたらお前の大好きな酒まで奢るっていう素敵な条件付なのにだぞ?」

 そんなDTOの至極まっとうな疑問にヒューは困った表情を浮かべると、一刻置いてしぶしぶ理由を答えた。

「それは…ほら、俺の英語ってすごい訛ってるからさ…緊張すると特に酷くなるし。訛ってたら生徒に英語通じないかもしれないだろ?だからジェフくらい綺麗で完璧な英国英語が使えるヤツの方がいいんじゃないかって思ったんだけど。」
「…あ〜、なるほど。」

 ヒューの言葉に今度はDTOの方が短い髪をボリボリと掻いた。

 外国人とは思えないほど流暢に日本語を扱うヒューだが、確かに母国語である英語の方は時折意味を把握するのが難しい位訛っている事がある。
 特に酒が入った時や緊張した時によく出てくるアイルランド地方特有のアクセントはどんなに注意深く聞いていても全く分からない事も多々あった。
 DTOでさえ分からないのに、高校の生徒達に分かるかどうか?と聞かれたら、「まず分からない」と言うしかないだろう。
 頑なにDTOの要求を断っていたのはヒューなりの気遣いだったのだ。
 そんなちょっと不器用な気遣いにDTOは顔を綻ばせると力強くヒューの肩を叩いた。

「…でもな、その心配は無用な心配ってモンだぜ?」
「何故?」
「だってウチの生徒、訛ってるか訛ってないか分かるほど英語出来るヤツなんて殆どいないからな。それに俺もちょっと訛ってるし!」
「…。」

 どちらも英語教師として自慢出来る事ではない…。
 が、これは自分を安心させる為のDTOのちょっと不器用な精一杯の気遣いなのだとヒューには痛い程分かっていた。

―仕方ないな。

 これ以上DTOを困らせる訳にもいかない…半ば呆れながら溜息をつくとヒューは僅かに残っていたビールを一気に飲み乾した。

「分かったよ、やってみるよ。俺の方も出来るだけ方言には気をつけるからさ。」
「本当か?さっすがヒュー!お前って可愛い優しいヤツだな!」
「な、や、やめろよ、照れる。」

 酔った勢いで上機嫌に擦り寄ってくるDTOをヒューは僅かに頬を紅潮させ困惑した表情で押し返した。
 とその時、何かいい案を思いついたのだろうか、DTOは絡むのを止めるとヒューの顔を覗き込み、思いついた提案を申し出た。

「あ!そうだ緊張すると方言が出やすいんだったらよ、緊張ほぐすのに生徒の前でお得意の大道芸でもやればいいんじゃね?」
「なッ…!?あ、あれは大道芸じゃない!」
「えー?だって整備士がスパナやドライバーを投げ飛ばすのが必須なんて、聞いた事ないぜ?」

 的確ではあっても失敬にあたるこの発言に「もう絶対に行ってやらない!」と駄々をこねだしたヒューを再び説得させる為、DTOはこの後5杯以上のビールを奢る事になるのだった。

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というわけで、DTO&ヒューでした!かなりムダに長い小話でスミマセン。

最初はヒューはDTOの教え子にしようかなと思ったんですが私の描く兄さんは20歳以上なのでそれだとDTOがオジサンになってしまう!
&ヒュー兄さんは整備士学校をアイルランドで卒業している設定なので飲み仲間という所で落ち着きました(笑)
あと兄さんが日本語が上手いのは、10歳の時に親方に出会ってから日本語勉強しているので流暢に話せる設定です。
(でも漢字は書けないんだね…。)
いずれその話はWeb漫画で!という野望があります(笑)

しかしDTOは↑みたいな性格でよかったんだろうか…絵もかなり難しかったです。
髪 型 と 眉 毛 が !

そして急に電話を切られたジェフはどう思ったんでしょうかね
大人だから細かくは詮索しなさそうですが(笑)


05/01/01


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