「似たような髪形のお前にだけは言われたくない!」

「ああ、久しぶり!」

 マコトのその言葉にヒューは軽く右手をあげた。

「髪の毛随分長くなったな。それじゃ前髪長すぎて前がよく見えなかっただろ?もっと早く来ればよかったのに。」

 そう言いながらマコトはヒューを椅子に座らせるとボサボサに伸びきった青い髪をひと房手に取り苦笑する。

「…ちょっと、いろいろあってさ。」

 曖昧なヒューの返答に、まあ長いほうがいろいろ遊べて面白いけど…などと物騒な事を言いながら手早くマコトは準備を進めた。
ヒューの肩にケープをかけると首回りにタオルを巻き長い髪の毛をとりあえず一纏めにしてピンで留める。
街中を歩けば擦れ違う人々の視線を数多く浴びる端整な容姿をもつ青年もこの時ばかりは正直かなりダサい。

「…髪切る時の自分の姿だけは好きになれないんだよな。」
「まあまあ、すぐに終わるから暫くガマンしろって。」

鏡に映る自分の間抜けな姿に眉根を寄せて溜息をつくヒューを諌めながらマコトは髪を切る手順に合うようにヘアピンで長い髪を結い直しはじめた。

ふと左サイドの髪を結い直いた時、ヒューの耳を彩る装飾具が目に入った。
以前までは一つだったピアスが二つに増えている。

「一個ピアス増やしたんだ?」
「ん、ああ…。」
「うーん、だったら耳のあたりはいつもより短くしてピアスがちゃんと見えるようにした方がいいかな。」
「…そうだな。」

 マコトに対するヒューの返答はどこか気が抜けていた。
 元気がない…というより生気がないといった感じだ。
 まだ結い上げられていない長い前髪から僅かに見え隠れする空色の瞳は翳りを帯びて深く沈んだ印象を受ける。
 元々ヒューは感情をあまり表に出さないクールな所はあるがそれとこれとは別次元だ。
 光の入らない死魚のような瞳は何か辛い事でもあったのだろうかとマコトを少し不安にさせた。

「長さはどうする?折角長く伸びたんだから長さを生かした髪形にする?」
「…いや、バッサリ短くしていいよ。気分転換にもなるし。」

 ”気分転換”という言葉にマコトはある事に思い当たった。
 気分転換とか、気晴らしとか…此処にやってくる女の子達が度々口にする言葉だ。
 それは決まって失恋した女の子達の言葉。

「気分転換って…なんか彼氏に振られた女の子みたいだな?」

 まさか!とか、そんなわけないだろ?とか…そんな軽い返答を予想していたマコトの期待を裏切り僅かな沈黙の後、ヒューが重い口を開いた。

「…そんなもんかな。」
「えっ?そ、そうなんだ!?…それはちょっと悪い事、言ったかな。」
「いや、別に…女々しいのは自分でもよく分かってるし。」

―確か彼女とは仲良くやっていると以前ここにヒューがやってきた時には照れながら言っていたのに。
あまり人付き合いが深くないヒューがようやく作った大切な彼女だ、これだけ落ち込むのも無理はない。
いやしかし!この男を振る女がこの世にいるという事の方が正直驚きだ…。

 驚きを表に出さないようマコトは心の内で動揺の声を上げると失恋ショック状態のヒューを何とかして元気付けて上げられないかと思考を巡らせ始めた。

「それじゃ元気だせっていっても、そう簡単には元気でないよなあ…。よし!」

 マコトは腕まくりをするとヒューの長い前髪をひと房手に取り、そしてそれを躊躇無くバッサリと切り落とした。
 瞬間、青く長い髪に隠されていたアイスブルーの瞳が現れる。
 見開かれたその瞳は先刻までの翳りは無く純粋に驚きに彩られていた。

「お、ちょ、ちょっと、ちょっと待て!今の切りすぎじゃないか?!ていうか切りすぎだろ!」
「バッサリいってくれって言ったのはヒューだろ?」
「ま、まあそりゃそうだけど…。」

 不安そうに成り行きを見守るヒューの肩にマコトは安心させるように優しく手を置いた。

「…大丈夫。」
「は?…な、何が?」

動揺と不安が入り混じった水色の瞳を鏡越しに優しく見つめ返すと軽くウインクする。

「髪がいつもの長さに戻った時…きっと元気なヒューに戻ってる!これは俺からの魔法のプレゼントさ。」
「…………。」

…やっぱりこいつ、キザだ。

 ヒューは文字通り、苦笑した。
 マコトの腕は確かだ。
 ちょっとミスって短く切りすぎた場所に長さをあわせたら全体的に短くなった、なんて事はありえない。多分。
 とりあえずヒューは黙って成り行きを見守る事にした。
 そして数刻後…。

「よし!完成!」

 ようやくダサいケープを取り払われ本来の自分の姿が鏡に映し出される。
 いつもよりかなり短く切りそろえられた髪の毛はどこかちょっとまりもっぽい印象を与えるような気もしたが、それは多分自分の思い過ごしだろう。
 この髪型はちゃんとマコトが考えて自分に似合うようにと計算してセットされた髪型なのだから。


「…ありがとう、気遣い感謝するよ。まぁこれだけ短く切られたら、次にくるのはまた当分先になりそうだけどな。」
「今度は俺がそっちに行くよ。最近忙しくて全然行けなかったからな、此処の所エンジンの調子悪いからキャブレターのオーバーホール頼みたいし。」

 ああ、待ってる。とだけ言うとヒューは会計を済ませ出口へと向かう。
 と、そこで入れ違いで入ってきたマコトの弟と目が合った。


「…うっわ!特大の青まりもだ!!兄貴またスんゴイもん作ったな!」


 その言葉にヒューの顔が引きつったのは、言うまでも無い。




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というわけで、マコト&ヒューでした!
兄さんコンビはかなり大好きなのに
なかなか小話にまで発展させる事が出来なかったのですが
ようやくソレっぽい話を作る事が出来ました。
女々しい兄さんとキザな兄さんにしてみました(爆)

機会があればもっとバイクに関しての小話を書きたいですねえ。

今回は挿絵が二つありますが、どちらも本来の
ヒュー兄さんの髪の長さではないので
違和感がたっぷりですね…!

あ、あと文中でヒュー兄さんは彼女に振られたと
マコトは思っていますが、実際は振られたワケではないですよ(笑)
(この時点ではまだマコトは事故の事を知らないので)
web漫画を読まないとそのあたり詳しく分からないので一応補足を。

05/01/03


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