「じゃあ早速、目の前に残ってるこのお菓子で実験ッスよ!」
「え!きょ、今日はもう流石に…。」
「さっき、自分のために誰かが作ったお菓子を捨てるなんて考えられないって言ってたのは、何処の誰だったッスかね〜?」
「……ハイ。」

 もしも注意深い者が見たのならば神に祈るように組んだヒューの指先が小刻みに震えてるのに気がついただろう。
 汗の滲んだ額にへばり付いた前髪から見え隠れする瞳はあまりの不安と恐怖に瞳孔が散大していた。

 組んだ指をほどくとただでさえ吊り上がった目尻を更にきつく吊り上げ鬼気迫る表情で目の前に置かれたソレを手に取る。
 尻込みする自分を奮い立たせる為あえて大きな声で「戴きます!」と言うと意を決して口の中に放り込んだ。

― 瞬間、ヒューは前屈みになって口に手を当てた。

「ぅうぉあ甘…ッ!!」
「当然じゃないっスか。」

 心底呆れた様子でアッシュは肩を竦めた。

「甘い物がもともと苦手なんッスからそんな無理して食べる事ないと思うンっスけど?」
「そうはいかないだろ!」

 ヒューは即座に反論した。

「俺の為にわざわざくれたものを食べないで誰かにあげたり、捨てろとでも?」
「…まあ、そりゃそうっスけど。でも…」

 ヒューの言葉と相反するように机の上に置かれた多種多様な大量の菓子の食べ残しにアッシュは困惑した様子で緑の髪をボリボリと掻く。
 それに気がついたヒューは申し訳ない表情を浮かべアッシュと同じ様に濃紺の髪を掻いた。

「どうにかして少しでも沢山甘い物を食べられるようにしておきたいんだよ…。」

 恐怖の日はすぐ其処まで来ている。
 2月14日。
 友人と恋人の守護神である聖バレンタインが眠るアイルランドでは恋心を伝える為に男性が女性に密やかにバラの花などを送るのだが、ここ日本では女性が男性にチョコレートを送るという― 何処の誰が考えたのかは知らないがとんだ傍迷惑な― とても素敵な文化がある。

 自分の事を想って女性が贈ってくれたチョコ…大半は義理であったが、それを他人に譲ったり捨てられる程ヒューは非情にはなれず毎年この時期になると整備場の片隅で青い顔をしながら文字通り必死になってチョコを喰らい続けていた。
 正直2/14の間だけはアイルランドの実家に帰らせて頂きたいと本気で思う程である。
 まあ、帰りたいと駄々をこねても実際そんな理由で帰れる訳もなく…。

 そこで甘い物を少しでも沢山食べられる方法はないだろうかと、ヒューはバイクを通じて知り合った料理好きの狼男…今目の前で同じ様に頭を抱えて悩んでいるアッシュに相談を持ちかけたのだ。
 アッシュの作る美味しい甘い物を食べればちょっとは甘い物も克服できるかも…と思っていたが、それこそチョコよりもずっと甘い考えであった。


「ビター系のものはまだ食べれるみたいッスけど、きっと女の子がくれるものは甘い物が多いだろうし…。」
「ああ、特に妹の友達のは強烈に甘いだろうなあ…。」

 ヒューは後ろにひっくり返りそうな程だらしなくソファに凭れかかり天井を仰ぎ見る。
 以前プレゼントです!とケーキと紅茶を貰ったがアレは卒倒するかと思う程の甘さだった。
 きっとバレンタインにはもっと強烈なモノが来るに違いない…。
 ちょっと想像しただけで青い顔になり始めたヒューの横で何かを思いついたアッシュが大きく手を叩いた。

「ああ、そうだ!」
「ん…何かいい案でも?」

 急に声をあげたアッシュをヒューはソファに凭れたまま目線だけ動かして見やった。

「ヒューは、どうして甘い物が嫌なんッスか?」
「どうしてって…こう、胸元や胃がもやーっと気持ち悪くなる、あの感覚がどうにも…。」
「それを中和すればイイんっスよ!」
「…中和?」

 中和という化学反応でも起こしそうな言葉に怪訝な表情を浮かべたヒューに対して、アッシュは思いついた案を丁寧に説明し出した。

「甘い物を食べると気持ち悪くなるのを辛いものや塩っぽいもので口直しすればいいんっすよ!チョコ食べたら辛いものを食べて、またチョコを食べてをくり返して、時折お茶やお酒でも飲んで…まあ、体には悪そうで如何にも太りそうな食べ方ッスけど…ヒューはもうちょっと太った方がいいくらいだし。」
「うーん、確かにそのまま我慢して甘い物を食べ続けるよりは良さそうだな。」
「…名づけて『甘塩辛コンボ!』」

 エヘンと反り繰り返って宣言するアッシュを微妙にしらけた目で見つめながらヒューはぐったりと凭れていたソファから身を起こした。

「まあ、ネーミングセンスは置いておいて…なかなかよさそうな案だし試してみるか。」

 僅かに見えた光明にヒューの真っ青な顔は僅かに赤みを取り戻しつつあった。

「あ、丁度イイものがあるっすよ!ちょっと待っててくださいッス。」

 そう言い残しパタパタと台所の奥へ走っていったアッシュは数分後にツボのようなものをもって再び客室に現われた。

「じゃーん!日本文化の一つ梅干ッス!俺の特製品ッスよ!」
「梅干かぁ、確かにしょっぱいよなあ。チョコの甘味も中和できそうだ。」
「これ、ちょっと味付けキツすぎてユーリが食べてくれなかったんで…ヒューに持っていってもらえると俺も助かるッス!」
「そっか、じゃあ遠慮なく貰っていこうかな…有難う。」

漬物の壷を小脇に親指を立て合うアッシュとヒューの姿は到底クールとは言い難かったが、その表情は紛れもなく互いに試練を乗り越え困難の末に勝利を手にした男達の表情であった。


 …そして後日。
 2月14日から数日間、整備場の片隅でチョコを食べては悶絶し梅干を食べては凄い表情で膝を叩いて悶絶する奇妙な青年の姿が目撃されたという。
 ― ちなみに妹の友人がくれたチョコだけは、中和が間に合わず卒倒した事を付け加えておこう。


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というわけで、アッシュ&ヒューでした!
本当はバイク絡みの話にする予定だったのですが、
近づくバレンタインデーに合わせてお菓子のお話で落ち着きました。

ヒューが凄い勢いでクールじゃなくてすみません。
でも一応優しさは全面に押し出してみました。
アッシュの方もアッシュの方で普段どおりの
ちょっとピントのずれた心遣いを演出してみました!

ちなみに『甘塩辛コンボ』は実在する技だったりします(爆)


05/02/01


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