「で、Kのオッサンは一体何を手伝ってくれるんだ?」
「味見くらいなら出来るぞ。」
「…帰っていいぜ。」
「お前俺のこの肥えた舌を舐めるなよ?」
「舐める訳ねえだろ気持ち悪い。」
「……。」


「ようヒュー、カップルで賑わうこんなオッシャレなビルで一人寂しく買物か?そんな寝不足で凶悪そうな顔はこのビルには似合わねえぜ。」
「そのセリフアンタにそのままソックリ返してやるよ…無精ひげのオッサンが一人こんな所で何してる。」

 丁度自分の進行方向から飄々と歩いてきた見覚えのある無精ひげにヒューは露骨に顔を顰めた。
 ココはKKの言う通りある意味オッシャレなビル…最先端のシステムと技術を使い快適で安全な空間を提供するという謳い文句のもと都内に作られた高層ビルだ。
 上層部分はビジネス向けに作られており、下層部分は多種多様な飲食店や雑貨店が軒を連ねカップルや家族連れで賑わっている。

「あー、俺は掃除しがいのあるビルだなって仕事の下見してた所さ。お前は?」
「ここの輸入食品売り場に用があっただけだ。」

 そう言って胸元に抱えていた紙袋をガサッという音をたててKKの方へと向ける。

「へぇ、ムール貝とギネスと…ジャガイモタマネギにんじんセロリにラム肉…アイリッシュシチューか、お前何だかんだ言って故郷が大好きなんだな。ん?ホームシックか?」
「煩いな…。偶に食いたくなるだけだ。」

 ホームシックという言葉にヒューはつり上がった目尻を更にきつくつり上げてKKを睨みつけた。
 その様子を楽しむかのようにKKはヒューへ近寄ると不機嫌そうな顔を覗き込む。

「なあ、どうせなら俺ンちで作って一緒に食わせてくれよ。こんな大量の材料じゃ一人で食うのはツライだろ?」
「オッサンんちオール電化だろ。俺はガスコンロで作るのが好きなんだよ。」
「なんだなんだその貧乏くさい拘りはよ。オール電化舐めるなよ大体な」

 KKがヒューの拘りに難癖をつけようとしたその瞬間、夜の住人には少々眩しいと思えるくらいのビルの照明が一気に落ちあたりは非常用の心細い緑の灯に包まれた。
 それと同時に左右の防災用シャッターが閉まり、KKとヒューは完全にビルの一角に閉じ込められる形となった。
 普通の人間ならパニックに陥るであろうこの状況下、二人は微塵も動揺を見せる事なく顔を見合わせると互いを非難するかのような視線を送りあう。

「おい…Kのオッサン、また何かしでかしたのか?」
「しらねぇよ。しでかしたのはお前じゃねえのか?」
「俺は単なる一般人だ。何で俺の所為でビルが封鎖されなきゃいけないんだ。」

 到底開きそうにない防災用シャッターに手のひらを滑らせながらヒューがぼやいた。

「あ〜そういやそうだったな、悪かったな一般人のヒュー君。」
「チッ…しかしよりにもよってアンタと二人っきりかよ…人で賑わってるビルなのに他に誰もこの区画に閉じ込められなかったなんてまったく不幸中の不幸ってヤツだな。暑苦しくてしょうがな」

 更に愚痴をこぼそうとしたヒューの口元にKKは人差し指を立てた。
 ザザザという砂嵐のような音の後に続いて天井の小さなスピーカーからノイズ交じりの男の咳払いが聞こえてくる。
 その音にヒューは無意識に天井を見上げた。

―楽しくデートや買物をしている皆さんコンニチワ、このビルは俺達が占拠した。暫く人質になってもらうよ。これから国に対して金を寄越すよう声明を出すから、まあ早く帰れるように国に期待してまっててくれたまえ。

 よくわからない理由を言うや否やアナウンスははブツリ、という不快な音を残して終わった。
 声の主は恐らくこのビルを乗っ取った連中の一人だろう。
 事態とはあまりにもかけ離れた軽いノリの声明に盛大な溜息をつくとヒューはKKに向かって肩を竦めた。

「だってさ。頭悪そうな犯行声明だったな…この調子じゃウチに帰れるのは当分先か。」
「ったく、俺は今夜みたいテレビがあるんだよ。こんな所で足止めくってられっか。」
「どうせ早く帰れたってこんな大規模な事件が起こったら何処のチャンネルも特番になってるさ。」

 テレビ番組を諦めきれず防災用シャッターに八つ当たりの蹴りを入れるKKとは対照的にヒューは早々に諦めた様子で紙袋を抱えたまま地面に座り込んだ。

「クソ…ムカツクな。おい、ヒュー。」
「何?」
「この区画に監視カメラや盗聴マイクは?」
「ない。オッサンだってそれくらい分かってるんだろ?」
「一応確認の為だ。」

 KKの質問にヒューは目を伏せたまま面倒くさそうに答えた。

「このビルには何度も侵入してるから間違いない。最先端の技術と最高のセキュリティで皆様に安全と快適な空間を…って言う割には穴だらけでさ。簡単に侵入できたぜ。多分今占拠してる連中もシステムを先に乗っ取ったんだろ。このビル無駄にハイテクに頼った所為かシステム乗っ取られると文字通り手も足も出なくなるからな。」
「そっかやっぱりもう侵入済みか…。ヒュー、今逆にこのビルのシステムをお前が乗っ取る事は?」

 監視カメラがあるかの確認ではなく自分がこのビルに侵入した事があるかどうかの確認だったという事に気がつき、ヒューは伏せていた目を上げると僅かに眉間に皺を寄せた。
 軽く溜息をつき地面に座ったまま朱い目をKKに向ける。

「…可能だけど。」
「50万。」
「安い。」
「お前な、ここにずーっと閉じ込められてたら大事に抱えてるラム肉が腐っちまうぜ?いや…このまま夜になっちまったら俺の欲求不満が溜まってお前を襲っちまうかもしれない…。」
「アンタがいうと、冗談に聞こえない…。」

 それまでずっと冷静でいたヒューが少しだけ顔を引きつらせて座ったままKKから後ずさった。

「冗談だ。冗談はさて置き、お前だってさっさとここから出てえだろ?ちったぁ協力しろや。」
「システムを乗っ取ってどうする?ヤツ等に罪着せて身代金横取りでもするのか?」

 冗談という言葉に安堵の息を吐き、ヒューは紙袋を大事に抱えたまま再び立ち上がった。

「金にゃ困ってねぇからそんな面倒な事はしねえよ、ドアを開けてド正面から出て行くだけだ。邪魔するヤツがいたら俺がノしてやる。」
「それ割にあわねぇな。」
「だから50万払うっツってンだろ?」
「ッたく…先にツケ払えよな。まあいい、オッサン、俺と一緒に二人きりで閉じ込められた事を神に感謝するんだな。」

 文句を言いながら空いた片手で髪を掻き毟るとヒューは胸に抱えていた紙袋を倒れないように優しく地面へと置いた。
 胸ポケットから携帯を取り出し何かボタン操作をすると再び胸ポケットに仕舞いこむ。
 そして精神を統一するかのように一つ息を吐き出すと今度は両手を肩のあたりにまで掲げた。
 その瞬間、ヒューを取り囲むかのように空中に無数の発光する板が出現した。
 板の表面には光の文字が流れるように現れては消えてゆく…字の羅列が流れる速さは凄まじく板の表面は光の洪水と化していた。

「何だ、こりゃ?」
「簡単に言えばパソコンみたいなモンだ。あまりコレは使いたくないんだけどな…。」
「これがパソコン?」
「俺が取引してるヤツ等は人間ばかりじゃねぇって事さ。現代のこの世界の技術じゃコイツの侵入を阻めるモノはない。」
「ずるいな。」
「煩い。侵入した後処理するのは俺なんだ。コイツは侵入するまでの手助けみた…っと、監視カメラの画像を映すぞ。」

 ヒューが右手を軽く上げると再び発光する板が現れる。
 ただ先に現れた板とは違い其処には光る文字ではなく何人かの男たちがどこか小さな一室で話し合いをしている映像が映し出されていた。

「お、流石早いな。どれどれ、4、5、6…8人か。大した武器はもってねぇみたいだな。」
「…多いな。」
「そうか?そんな大した人数じゃねえだろ。8人でこのビルを占拠しようなんてなかなか出来るもんじゃねえぜ。」
「8人もいたら分け前が大幅に減る。それに武装占拠してるわけじゃないんだ、ムダな多さだな。まあ考え足らずの臆病なガキ供ってトコか。」
「分け前って…がめつい人間だな、そういやお前誰とも連んでねぇみたいだしなあ。」

 がめついという言葉が不本意だといわんばかりにヒューはKKを睨みつけた。

「あのな。分け前が減るってのは人質とって強盗しようとしている連中の立場になって考えたら、の話だ。俺は金を独り占めしたいから一人で行動してるわけじゃない。」
「じゃあ何で一人で行動してんだ?」

 ヒューはKKの言葉に軽く肩を竦めた。

「アンタと一緒さ。独りが楽、連むのが面倒くさいだけだ。」
「成る程、そりゃよくわかった。」
「じゃ、ヤツ等のいるシステム管理室を完全に封鎖して防災用シャッターは全て開けちまうからな。他の客のパニックに乗じてさっさと出ちまおう。」

 ヒューが翳していた手を右から左へと動かすとそれにあわせて空中に浮いていた光の板が音もなく消えていく。

「何?もう乗っ取ったのか、一般人だとは思えない手際のよさだな。」
「フン…こうゆう侵入ゴッコは子供や一般人の方が得意なケースもあるんだ、覚えときな。」

 地面に置いていた紙袋を大事そうに抱え直しながらヒューは不敵な笑みを浮かべKKの嫌味を鼻で笑った。



 悲鳴や怒号をあげながら逃げ出す客達に紛れ足早にビルを後にしながらKKは少し後ろを小走りで付いて来るヒューに向かって呼びかけた。

「で、今夜ウチにきてシチュー作ってくれるんだろ?」
「だから、俺はガスコンロじゃなきゃイヤだって言ってるだろ。」
「我侭だな、じゃあガスコンロ今から買うからよ。」

 ガスコンロ買ってもガスが通ってなきゃ使えないんじゃないのか…内心そう思いつつヒューは軽く首を振った。

― 恐らくそう反論すれば今度はゴージャスなカセットコンロでも買うとかガスボンベを用意するとか言い出すに違いない…我侭なのはオッサンの方だ。

 今日何度目になるか分からない溜息をつくとヒューは観念して本当の理由を口にした。

「………俺がアパート借りてる老夫婦にお裾分けするって約束してんだ。だから無理。」
「ああ、そうゆう事か。」

 冷たそうに見えて根は優しい如何にもヒューらしい理由にKKは思わず苦笑を漏らし、唐突に足を止めてヒューの方へと振り返った。
 KKの胸元に思いっきり顔を突っ込みそうになったヒューがあたふたと足をばたつかせて直前で止まる。

「急に止まんなよ危ねぇな!」
「じゃあ俺、お前ンちに手伝いにいくわ、それでいいだろ?」
「はぁ!?アンタ自分ン家に帰ってテレビ見るんだろ?」
「あーどうせ特番で潰れるだろ。ハッカー強盗集団、逆に謎のハッカーにビルに閉じ込められ緊急救出生中継ッてな。そんなツマラン番組見るより美味いモン食った方がいい。」
「…たくっ…本当に不幸中の不幸だ!」

 脱力で落としそうになった紙袋を抱え直してヒューは重くのしかかる曇天の空を仰ぎ見た。

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更に2PKK2Pヒュのお話です。
更にファンタジーが加速…!一度日記にも書きましたが2P兄さんはどんな障壁も乗り越えてしまいます。
けど私の知識ではそれを表現する事は到底不可能なので摩訶不思議な力を借りてみました(笑)
多分宇宙人とか未来人と取引しているんだろうという事で…(殴)
すっかり一般人離れしてしまった2P兄さんでした(爆)

05/07/05


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