やあ、また来ましたね。
此処に何度も来る人は滅多に居ないので嬉しいですよ。
大抵の方は此処に気がつかずに素通りして行ってしまいますからね。
で、今日はどういった理由で此方まで来たのですか?
僕でよければ力添えしますよ、折角こうやってまた出逢えたのですから…。
暗闇にぼんやりと浮かぶ白い扉。
目の前まで歩み寄るとゆっくりと鈍い音を立てて扉が開け放たれた。
扉の先の円形の部屋に足を踏み入れてみると何処までも昇り続けているのではないのかと錯覚しそうな程高く積み上げられた本棚が八方をぐるりと取り囲んでいる。
本棚にはぎっしりと古書が並んでおり、一目見てかなり立派な図書館だと分かった。
正面に目を遣ると自分が入ってきた扉と丁度向かい合うように錠付きの大きな黒い扉がある。
黒い扉から視線をずらして左右を見回してみると柱と本棚の間にあるステンドガラスから柔らかい光が差し込んでいる。
まるでこの世の物とは思えない古めかしい神秘的な雰囲気に俺は思わず感嘆の息を漏らした。
「やあ、また来ましたね。」
突如掛けられた言葉に俺は驚いて一瞬身を竦め、声の聞こえた方へと視線を移した。
そこには積み上げられた古書の上に座る一人の華奢な青年が居た。
白い肌とは対照的な艶やかな漆黒の髪は緩やかなウェーブを描いている。
眼鏡の奥、優しい光を湛えた瞳の色は左右で色の違う…いわゆるヘテクロミアでこの図書館と同様神秘的な印象を受ける。
他に人は誰も居ないようだったので俺は恐る恐る青年に尋ねてみた。
「あの、此処は…その、こうゆう言い方は変かもしれませんが、何処ですか?」
「寂れた図書館だと思ったでしょう。いやこう見えても人で賑わっている時の方が本当は多いんですよ。」
「は、はあ…。」
俺の問い掛けに答えているのか答えていないのかよく分からない返事が返ってくる。
微妙に会話が噛み合わない。
何処か浮世離れした雰囲気に俺は無意識に眉根を顰めてしまいその事に自分で気がつき慌てて笑顔を作る。
そんな俺に気がついているのかいないのか、青年は胸に手を当ててにっこりと微笑み返してきた。
「そうだ、聞かれる前に言っておきましょう。僕はミシェル、貴方にこうやって名乗るのは3度目です。」
「え?3度目って…。」
「お久しぶりですねヒュー君、ああ…でも貴方はやはり僕の事を忘れているようだ。」
青年…ミシェルは額に手のひらを当てると酷く嘆かわしい様子で呟く。
その様に俺の方が少し眩暈を覚えた。
こんな強烈な個性の人間に一度会えば忘れる事は絶対に無いだろう。
でもミシェルの事も、ミシェルと出逢った時の事も何もかも微塵も思い出す事が出来ない。
それどころか何故俺がこんな所にいるのか、それすら思い出せない。
この時になって漸く俺は自分の置かれた状況が分かっていないという事に気がついた。
まるで夢の中に実際にいるような…そんなありえない状況に内心動揺する俺とは対照的にミシェルは相変わらずマイペースに会話を続けている。
「初めて貴方が此処に来た時は全身びしょ濡れで本が濡れてしまわないかハラハラしました。二度目は頭から血を流していて心配しましたが元気そうで何より、大きな怪我でなくてよかったです。そして今日は…。」
そこで一旦言葉を区切りミシェルは俺の足元から頭上までを観察するようにまじまじと見て再び口を開く。
「おやおや、随分と擦り傷だらけだ。まるで派手に転んだ子供のようですね。」
そう言ってミシェルは口元に指を当て小さく笑った。
言われてみて改めて自分を見てみると確かにつなぎは所々ほつれていたり破けた穴から覗く肌は擦り傷だらけだったりとボロボロの状態だ。
擦り傷のあちこちからは血も流れていたが不思議と痛みは無かった。
何となく気味悪くなってきた俺に対してミシェルは相変わらずの口調で話し掛けてくる。
「でも初めて逢った時よりずっと元気そうですね、あの時の貴方は何時死んでも可笑しくないような瞳をしていましたから。」
「……。」
その言葉で何となくだが俺とミシェルが初めて出逢った時期だけは分かった。
きっと彼女を亡くした直後だろう。
押し黙る俺に向かってミシェルは少し首をかしげて訊ねてきた。
「ああ…それで、探し物は見つかりましたか?」 「探し物…?」 「そう、貴方が探している物、求めている物。それは貴方にしか分からない事なので僕にははっきりとは分からないのですが…。」 古書からふわりと舞い降りるとミシェルはゆっくりと俺に歩み寄り息が掛かりそうな程近くまで顔を寄せる。 「でも貴方にとっては大切な物の筈、それは心の穴を埋める大切な欠片、想い、記憶、願い…。」 俺の足りない頭じゃ到底理解できない謎解きのような言葉を紡ぐとミシェルはゆっくりと俺の胸に手の平を宛てた。 ミシェルに触れられた途端一気に動悸が早まる。 それは恋しい人に触れられて高鳴る胸の鼓動とはまるで違う。 懸命に隠していた事をいとも簡単に見透かされてしまった時に感じる不安や畏怖と言った方がしっくりくるだろう。 「おや…まだ見つけられていないようですね。」 俺の胸元から手を離すとミシェルが小さく溜息を漏らす。 「ではまだこの先の最後の扉へ案内する事は出来ません。」 そう言ってミシェルはゆっくりと眼鏡を外した。 その途端密閉された室内では吹く筈もない突風が吹き荒れ数冊の重い古書が宙を舞う。 強い風と光を腕で遮りながらミシェルの方を見やるとカラスの濡れ羽のような漆黒の髪はまばゆい光を纏った金髪へと変化していた。 そして誰も触れていないのに俺の背後の扉が大きな音を立てて開け放たれる。 「哀しい事ですがその扉をくぐれば貴方はまた僕の事を忘れるでしょう…喩え街中で僕と偶然擦れ違ったとしても思い出す事もない筈です。」 「!?…何を言って…?」 「最後の扉へ導かない事が今の僕に出来る唯一の手助けです。Au revoir、次に逢う時には探し物が見つかっているといいですね。」 その言葉を最後に俺の体は強い風に吹き飛ばされ背後の扉の奥…元来た場所へと堕ちていった。 |
親方の運転は超がつく位安全運転で助手席はまるで居心地のいいハンモッグのようだ。
何度も何度も出てこようとする欠伸を我慢して俺は眠気を覚ます為に窓を全開にした。
空は青く綺麗に晴れ渡り開けられた窓からはそよそよと気持ちのよい風が入ってくる。
「…はぁ。」
窓の外に向けて小さく溜息を吐く。
事故の怪我もすっかり治って何時もの調子に戻っている筈なのに何か足りないような…そんな気がしてしょうがない。
何度目かわからない欠伸を噛み殺した時、丁度行く手の信号が赤に変わり沢山の部品を積んだハイエースがずるずると重そうに止まった。
「…ん?」
赤く点灯し続ける信号から視線を窓の外へ向けると歩道をよたよた歩く華奢な青年の姿が目に入る。
仕事での買出しか何かだろうか?赤いシャツに黒いエプロンをつけたまま大きな紙袋を二つ重そうに抱えて危なっかしそうに歩いている。
擦れ違いざまによく見てみると長めの黒い髪から覗く瞳は左右で色が違う…不思議な雰囲気を纏った青年だ。
興味深く見つめるこちらの視線に気がついたのか、やさしく微笑み返してきた青年に俺は慌てて軽く会釈すると視線を逸らした。
…その笑顔を俺は何処かで見たような気がしたが、結局何時何処で見たのか眠い頭では到底思い出す事は出来なかった。
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ミシェル&ヒューです。
ミシェルは人間と天使の中間でしょうか…天使代行人?(笑)
普段は普通の世界で普通の図書館で普通の司書さんとして働いていますが
時には生と死の狭間で迷い込んだ人の相手をしてあげたり判別して送り返したり送ったりしたりしているカンジで〜
そして次元の狭間に並んでいる本は人の人生から歴史、いろいろが書かれているんですきっと。
というかしっかりとは決めていません、曖昧です雰囲気です(爆)
本当はもっとミシェル変態属性強く書きたかったんですがこれはなんか比較的マトモに見えますね(殴)
きっと普通の生活の場面ではもっとはっちゃけているんだと思います!
あ、これは裏設定小話の交通事故の後のお話です。
ちなみに水浸しの兄さんは海に落っこちた時、頭から血流してるのはKKと刺客の抗争に巻き込まれて気を失った時です。
兄さん何度も来すぎですね!