―こんなイイ夜は久しぶりだ。
あとは冷たいビールと、からかい甲斐のある面白いヤツがいたら最高なんだがな。



「♪」

 KKは陽気に鼻歌を漏らした。
 2月14日。
 数刻前、KKはビルの一角に甘いチョコの代わりに大量の血を撒き散らしてきていた。
 鼻につく鉄の匂いはKKにとってはチョコレートよりもずっと甘美でそそる香りだ。
 今はその不吉な匂いが身体を包み込み、最高のバレンタインデーを演出してくれている。
 頬を掠める冷たい風も仕事後の高揚した体にはとても心地のいいものだった。

「ん…。」

 小さな寂れた教会の前を通り過ぎようとした時、KKは不審な音に足を止めた。
 一瞬、耳を疑う。
 鼓膜をゆさぶった微かな音、それは賛美歌だった。
 普通の人間なら気がつかず通り過ぎていただろう、それくらいに小さな音だったが確かに聴こえた。
 本来は癒しをもたらすであろう賛美歌も、真夜中の教会から聴こえてくるとなると不気味極まりない。
 幽霊が歌ってるのかもしれないな…そんな事を思いながら教会を素通りしようとして、再び足を止める。

「…。」

 冷たい空気を震わせて耳にまで届く、澄んだ高音の声色。
 普段なら興味もそそられない歌声に何故かKKは気をひかれた。
 まあ何か文句つけられたら甚振ってやればいい、それくらいの軽い気持ちでKKは扉をあけた。
 ギイ、と重い音を立ててドアが開く。
 その途端、透き通るような歌声は掻き消え、教会の中をシンとした静寂が支配した。
 僅かな照明に照らされた教会の内部は昼間よりも神秘的な雰囲気を宿している。
 重い扉を閉じ、一歩足を進めた所で声を掛けられた。
 それは予想していたような女の甲高い声ではなく、ドスの利いた低く小さな声だった。

「随分と物騒な匂いを撒き散らしてるな…ここには不釣合いだ。」

 KKは今度こそ耳を疑った。
 それは幾度も聞いた事のある声。
 教会の奥へと足早に向かうと直ぐに見慣れた姿が視界に入った。
 前列から二番目の席に座るふてぶてしそうな知人を見つけ、KKは嬉しそうに目を細めて口角を持ち上げた。

「ヒュー。」

 KKの呼びかけには答えず、ヒューは顎をしゃくって隣に座れと合図を送った。
 遠慮なしにドカっと腰掛けるとKKはヒューの肩に腕を回し、いつもと変わらない不機嫌そうな顔を覗き込んだ。

「こんな時間に何してんだ?お前。」
「教会でする事なんて決まってるだろ。」
「ん、ああ〜!愛の告白か?バレンタインデーだもんなあ!あれ、でもお前にそんな相手なんて、いたっけ?」

 KKのジョークにヒューは不快感露わに眉根を顰めた。
 思ったとおりの反応にKKはひとしきり笑うとヒューの肩をバシバシと叩き、再び問いかけた。

「お前、情報屋のくせに神を信じてるのか?」
「…習慣みたいなもんかな。愚痴りたい時には時々くるんだ。」

 そこで一旦言葉を区切り、KKから視線を逸らすとヒューは軽く頭を振った。
 薄暗い闇の中、僅かな照明を反射して銀の髪が輝く。
 使われている照明が赤みを帯びている所為だろうか、瞳の朱はいつもよりも鮮やかな赤を宿しているかのように見えた。

「日本人は大層なご都合主義だと思ってたけれど、俺のがよっぽどご都合主義なのかもしれないな…。すがりたい時だけすがりに来るなんてさ。」
「ふーん、そっか。」

 自分からした質問の回答に対してKKは適当に相槌を打った。
 結局のところ、KKにとってはヒューが教会で懺悔しようが関係のない事だった。
 それよりもずっと気になっていた事を問い掛けた。

「なあ、さっきの歌。お前が歌ってたのか?」
「…聴いてたのか。」
「ソレが聴こえたから入ってきたんだ。じゃなきゃこんな所に来るかよ。」
「それもそうだな。」

 KKから視線を逸らすとヒューは中央に設置された像を見上げた。
 そのまま口を閉ざして黙り込んでしまったヒューに再び声をかける。

「続き、歌わないのか?」
「…。」
「あ〜もしかして俺の前で歌うのが恥ずかしいのか?ん?ん?」
「…。」

 質問攻めしてくるKKを、ヒューは無言のまま横目で睨みつけた。
 にこやかに微笑み返してくるKKから再び視線を逸らすと、しぶしぶといった様子で口を開く。
 数秒の間を置いて、透き通った声が零れる。
 溢れ出る歌声はいつものヒューからは考えられないような高音で、澄んだ音色。
 KKは透明で美しい歌声に腕の肌や背筋がざわざわと粟立っていく感覚に襲われた。
 慣れない感覚にKKはつなぎの上からしきりに腕を擦りながら、少し上擦った声をあげた。

「う、うわ、キモ!お前の声って普段は俺と変わらねえくらい低いのに、何その女みたいな声!」
「…っ!聴きたくなかったんなら、続き歌わないのか、なんて聞いてくるんじゃねえ!」

 失礼極まりない言葉に烈火の如く怒りだし、その場から立ち去ろうとしたヒューの腕をKKは咄嗟に掴んだ。
 キっと鋭く睨んでくるヒューに真剣な眼差しを送る。

「冗談だよ、悪かったって。」
「…。」

 黙ったまま不機嫌そうに見下ろしてくるヒューに今度はにっこりと微笑みかけた。

「もう一度歌ってくれよ。死神に賛美歌聴かせてくれるヤツなんて、お前しかいねえんだしよ。」
「…。」
「ああそうだ、お前が歌い終わったら行き着けの屋台にでも行こうぜ。な?」

 ヒューは掴まれていた腕を乱暴に払いのけるとKKの隣へと再び腰を下ろした。

「奢れよ。」

 一言KKに告げるとヒューは目を伏せた。


 寂れた教会に、再び澄んだ歌声が響きわたった。

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前は1P兄さんネタだったので、今回は2PKK2Pヒュでバレインタインデー。
チョコ全然関係ないじゃんみたいなネタで失礼!2P兄さんは七色の声を持ってます。高い声も低い声もおてのもの!
そんなネタを1回かいてみたかったんです…。



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