「Kのオッサン。」
「わりぃ、急ぎだからツケでやってくんねぇか?」

 こちらの返答を待たずにKKは乱暴に真っ黒な布の塊をこちらの胸元に押し付けてくる。
 有無を言わせないというのはきっとこうゆう事を言うんだろう。

「またツケか…。」

 そう言って深い溜息をつきながら俺は包みをゆっくりと開けた。
 中から現れたのは鈍く黒光りする銃身…。
 随分と使い込まれているが普段の整備が行き届いているのか、以前持ってきたプリンター程状態は酷くはない。

「アンタにしては随分丁寧に扱ってるな…でも所々ガタが来てる。もう部品を交換した方がいいな。」
「あぁ、やっぱり交換しねぇとダメか。ちっとばかし昨日無理させちまったからな。」
「ふぅん、昨日…。」
「ん、昨日がどうかしたのか?」

 俺が漏らした昨日という言葉にKKの眉尻が僅かに上がった。

「昨日ウチのお得意さんが死んだんだ。あの有名な「掃除屋」に追わ……そういやオッサン俺に初めて会った時、自分の事掃除屋さんって言っ」

 うっかり口から零れ出た言葉は、そこで途絶えた。
 瞬時に変わったKKの気配にヤバいと感じて口を噤む前にかわす間も無く首を掴まれ強く壁に叩きつけられた所為だ。

「坊や、初めて会った時言った筈だよな?そうやって下手にコッチの世界に首つっこむと危ないってな。…何処まで知ってる?」

―返答次第では昨日の男と同じようにお前も首の骨折って殺さなきゃいけないなぁ…。
 KKがそう付け加える。
 口端は釣り上がっているが目は笑っていない。
 殺すって言葉は多分本気で言ったんだろう。

「ッ…昨日の事なら、よく知ってる…。」

 多分今更何も知らないと喚いた所でこのオッサンが指の力を緩める事はないだろう。

「ハハ、バカ正直じゃねえか。死ぬのが怖くないのか?」
「死ぬ…怖いに決まってるだろ…!やりたい事だって沢山残ってる、まだキ…」
「…あ?何?キ?」
「…。」

 まだキスだってした事ないのに。
 …続きは口に出さなかった。
 こんな状況で言ったって絶対バカにされる。

「んー全然怖がってるようには見えないな。一般人ならよ、もっと泣いて喚いて助けを求めるもんだぜ?」
「ッ…!」

 更に加わった強い力に俺の喉から僅かに喘鳴が漏れる。
 怖がっていない?コイツからは俺がそう見えるのだろうか。
 今の俺はひたひたと忍び寄る死の恐怖から逃れる手段を考えるのにこんなに必死だというのに…。
 だがKKの強い締め付けに必死に策を練る思考も段々と白濁としてくる。
 獣じみた瞳で覗き込んでくるKKを睨み返す視線が虚ろになり始めているのが自分でもよく分かった。
 マジでそろそろヤバい。
 俺の首を掴むKKの指に手をかけ持てる力全てを使い振り解こうとしたが、一瞬僅かに気道が確保されただけだった。
 でもそれで十分だ。
 僅かに取り入れた空気を使って一気に畳み掛けるように俺はKKに掠れた声で訴えた。

「アンタ俺殺したって何の得にもならないぞ、急ぎの用も遅れるし他にも修理するもん溜まってんだろ?それに今月末に予定してる潜入調査とデータの入手も困るんじゃないか…あそこのロック解除は俺しかできな…ああ、でも…、ツケは、払わない、で、済む、な…。」

 後半は半分途切れかけた意識で俺の口から掠れ出た言葉にKKはハッとした様子で指の力を抜いた。
 途端に酸素が肺へと一気に流れ込み激しく咽返る。
 そのまま地面に崩れ落ちると、丁度KKに土下座でもするかのような姿勢で首を抑えて蹲った。

「ッ!カハッ!ハ…ッ!」
「驚いた!お前、情報屋もしてんのか…。」

 やはりKKは数人の仲介人を挟んで俺と情報をやり取りしていた事を知らなかったようだ。
 尤も、俺もついさっきまで知らなかったんだが。
 確かにKKは自分の事を「掃除屋さん」とは言っていた。
 だがそれは殺し屋という職業を自分で揶揄して「掃除屋さん」と言っているんだと思い込んでいたから、まさか本当にあの「掃除屋」だとは思いもよらなかった。
 俺は苦しさと咳で涙目になりながら忌々しげにKKを睨みあげた。

「ゲホッ…ああ、情報屋してる割には、さっきの発言は、不用意だったって、今、猛烈に反省してるよ。」
「やれやれ、きな臭いもん整備してその上胡散臭い情報まで扱ってンのか…どこが一般人なんだか。」

 KKは心底呆れた様子で天井を仰いだ。


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