初めてヒューと出会った日。


 それは頬を刺すような寒さの厳しい日で…確か朝には小雪が少し舞っていた。

 そんな寒さの中俺は故障したバイクを見つめて溜息をついていた。
 ちょっと鬱憤が溜まっていてスピードを出しすぎたかもしれない。
 多分後輪のパーツがイカれてしまったんだろう、これ以上無理に走らせると傷が広がる。
 久しぶりに長期休暇をとって遠方へとバイクを走らせていたのだが…幸先悪い。

「どっか整備場を借りて修理するしかないか…。」

 通り掛かりの人にこの近くに整備場がないかどうか尋ねようとあたりを見渡した俺の視界の先にある看板が目に入った。
 整備場の横によくある車のメーカーのデカい看板だ。
 これこそ不幸中の幸いというヤツだ。
 俺はズリズリとバイクを押して先に見える整備場まで歩き出した。

 整備場の横につくと道の脇にバイクを止め工場の中を覗いた。
 嗅ぎ慣れたオイルの匂いが鼻につく…なかなかの広さの工場だ。
 工場に並ぶ工具や機材は普通の人間からは散かって見えるかもしれないが、同じ整備士から見れば整然とキレイに片付けられている印象を受ける。
 きっと使っている人間が几帳面なのだろう。

 その時工場の中をキョロキョロ見渡す俺の耳に人が走ってくる足音が聞こえてきた。
 反射的に音の聞こえる方へと視線を向ける。


「いらっしゃいませ!すいません、ちょっと事務所で休憩してて工場を空けてしまって。」

 寒さがキツかった為フルフェイスのメットを被ったままだった事を深く神に感謝した。
 俺は今、普段絶対他人に見せる事のない間抜けで酷く驚いた顔をしているだろう。

「バイクの故障ですか?」

 そう言って目の前に現れたのは自分と瓜二つの…ただ、髪の色と目の色は違っていたが…油汚れにまみれた整備士の青年だった。

「あ、ああ、あの、実はちょっとソコで調子悪くなって、運良く整備場が見えたんで…。」

 もごもごと低く篭った声で俺は答えた。
 動揺して上手く話せない自分が自分でちょっと面白かった。
 俺に掛けられた青年の声までもが本当に自分とソックリだったからだ。
 ただちょっとだけ俺よりもどこか優しくて少し高い印象を受けたが。

「じゃあ早速見てみましょっか。…あ、ヘルメット、取らないんですか?」

 流石にいつまでもヘルメットを取らない俺を不審に思ったのか青い髪の青年はバイクの横に屈み込んだ状態で見上げてきた。


「いや、その、実はアンタが、俺になんか似てるもんだから、取るのが、ちょっと、恥ずかしくて。」

 既に自分で何を言っているのか意味不明だったがとりあえず間違った事は言っていないだろう。
 青年はその言葉に一瞬目を丸くするとにっこりと笑った。
 多分俺の笑みよりもずっと柔らかく、優しい印象を与える笑みだ。

「そうなんだ?それなら尚更見てみたいな。」

 バイクを弄りながら青年はそういった。
 確かに何時までもフルフェイスのヘルメットを被っているわけにはいかない…そのうち強盗と思われても厄介だ。
 俺は覚悟を決めてヘルメットを取り乱れた髪をかき上げた。

 瞬間、青年は本当に驚いた様子でちょっと間の抜けた表情を浮かべた。
 多分さっきまで俺がしていた表情とさして変わらないだろう、自分だったら絶対他人に見せたくない表情だ。

「…驚いた、本当にそっくりだ。」

 バイクを弄っていた手を止めて、青年は俺の顔に釘付けになっていた。




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