「じゃ、おやすみ。」

 ヒューはそう言うと部屋の照明を落とした。
 一瞬視界が真っ暗になったが徐々に目が慣れてきたのか、横で寝転ぶヒューの顔がはっきりと分かるようになってきた。
 よっぽど仕事で疲れていたのだろうか…ヒューは直ぐに規則正しい寝息を立てて眠りに落ちたようだ。

 思えば誰かとこうやって一緒に寝るのなんて何年ぶりだろう…。
 家族と一緒に寝た記憶なんてそういえば無いよな…物心付いた時には、一人で寝ていたし。
 彼女なんて、………元々居ない。
 ああつまり、物心ついてから初めて誰かと同じベッドで寝ているってわけか、それが自分と瓜二つの男とは…。

 寝返りをうってこちらに向き直ったヒューの長い睫毛をぼんやり見つめながら下らない事をぐるぐると考えていた。

 自分の寝顔もこんなカンジなのかな。
 寝顔の時って随分幼く見えるんだな。
 いつもよりちょっと間抜け面だよなあ。

 そんな事をうとうとしながら思っていたから突然ヒューに抱き寄せられた時、一瞬何が起こっているのか分からなかった。

「――。」

 消え入りそうなヒューの寝言。
 彼女の名前なのかな?確かどこかで聞いた事があったような名前だ…。

 頭は冷静なのに自分の鼓動がバカみたいに早くなっていくのを感じていた。
 息苦しい程ではないけど、力強い抱擁。


― そういえば俺、物心ついてから誰かにこんな風に抱き締められた事なんて無かったな…。

 初めて感じるゆっくりと伝わってくる人肌の温もり。
 僅かに触れる頬がやわらかく温かい。
 重なった胸からほんの僅かに伝わる鼓動。
 ヒューが自分の鼓動で目を覚ますんじゃないか…なんて思うと余計に鼓動が早くなった。

 不思議な、初めて感じる温かさ… 一言で表すなら、心地いい。

 この心地よさの中眠りにつくのもいいかと思ったのだが、ヒューの腕の中で身動き一つとれず流石に腕が痺れてきた。
 ピリピリした感覚が気になってとても眠りにつけそうにない。
 俺はヒューを起こさないように、慎重に、ゆっくりとヒューと自分の体の間から腕を抜き出だした。
 …そして腕の置き場に激しく悩んだ。
 眠い頭で思いつく腕の置き場所がヒューの背中しかなくて、俺は暫く宙に浮かせていた腕を恐る恐るヒューの背に回した。

 ヒューの背に手を回し抱き返す形になった途端、ヒューの腕に僅かに力が篭るのが分かった。
 …ちょっとだけ息苦しい。
 俺は思わず身じろぎをしてヒューの腕を振りほどこうとした。

「行くな…。もう、何処にも。」

 ハっとなりヒューの顔を横目で見る。
 抱き締められているせいではっきりとは見えないがやっぱり寝ているようだ。
 寝言か…。
 でもその言葉に少し切なくなって…。
 ヒューに強く抱き締められたまま俺は天井を見つめていた目を細めた。



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