居酒屋を出て暫く歩いた所で俺達はガラの悪そうな連中に絡まれていた。
 …やっぱりヒューは不運な奴に違いない、俺は今までこんな事に遭遇した事は一度だってなかった。
 袋小路に追い込まれた俺達に対して不良たちは口々に「金出せ」だの「言う事聞かないと酷い目にあうぞ」だの典型的な言葉を投げかけて来る。
 このままだと多分不良たちの言う「酷い目」にあう事になるだろう、恐らく金を出しても、だ。
 うんざりした気分でどうしたものかと思い悩む俺の前にヒューは立ちはだかると、まるで俺を庇うかの様に腕を広げる。

「俺、今あまり金持ってないけど払えるだけ払うから…連れには手を出さないでくれ。」

 俺を庇うポーズをとりながらヒューは随分と情けないセリフを不良たちに向かって吐いた。
 はっきりいってカッコ悪い。
 真っ青になった顔は恐らく月明かりの所為だけではないだろう、真冬だというのに頬に一筋の汗が流れている。

「…ヒュー、こんなヤツ等に金払ったって…!」
「でも喧嘩しないで穏便に済ませられる手段があるなら出来るだけそっちを選んだ方がいいじゃないか。」

 如何にも優しいヒューが言いそうなセリフに俺は思わず口を噤んだ。
 そんな事言ったって目の前のヤツ等にそんな甘ったれた内容が通じるわけもないだろうに…。
 俺の予想を肯定するかのように中央に立っていた茶髪の男が笑い声を上げた。

「あー?そんなの知るかよ。ハハ!ほら、そっちの赤目ちゃんも随分かわいい顔してるしなぁ…苛めたくなっちゃうよなあ。」

 ヒューの言葉などまるで聞き入れる様子もなく悪趣味な茶髪男の言葉につられて周りの連中も下品な笑いを漏らした。
 どうやら金は二の次で最初から甚振る事が目的らしい…込み上げる不快感から俺は思わず眉根を顰めた。

「そんな怖い顔すんなよ、折角の美人が台無しだぜ。しかしまあそんだけ赤い目ぇしてるんなら血もきっとキレイな赤なんじゃねえか?なあそっちの青い方もそう思わねえ?」
「……。」


 その瞬間、長い前髪から見え隠れするヒューのアイスブルーの瞳に普段は見られない何か別の感情が宿ったような気がした。
 真っ青な顔のまま表情が無くなったヒューの横顔を見ていて嫌な予感が胸に重くわだかまる。

― ヒューは今、間違いなく滅茶苦茶怒っている。

 普段優しい人間が怒るとロクな事が無いと聞く…自暴自棄になってヒューが大怪我でもしたら目も当てられない。
 俺は不良達に内容を悟られないように訛り英語でヒューに耳打ちした。

「ヒュー、逃げよう。あの趣味悪い茶髪野郎を突き飛ばして中央突破すれば大通りまで逃げられるかもしれない。多分アイツが頭だろうからそこを上手く突けば動揺も誘える筈だ。」
「…ああ、…リュウも、あの茶髪が、ボスだと思った?」


 ヒューはこちらを見ないままそう呟いた。
 どこか歯切れの悪い言葉に嫌な予感が一気に高まる。

「ン…あ、ああ。」
「…じゃ、俺がアイツを突き飛ばす。」



 その言葉の直後、ヒューの身体は闇夜に溶け俺と不良グループ達の視界から一瞬にして消えた。


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