数歩の助走の後、ヒューは空を舞っていた。

 大した助走もなく不良たちの頭上を軽々と飛び越えられる跳躍力だ、はっきり言って尋常じゃない。
 空中でその体を一度捻ると、不良たちの背後を取る形で着地する。
 昼ならまだしも今は夜…そして明かりの少ない路地裏だ、黒めの服を着たヒューが予想外のスピードで動いたら目で追うのはかなり難しいだろう。
 実際ヒューが飛んだ方向を見ていた俺はその状況を辛うじて知る事が出来たが、逆に向かい合っていた不良たちはヒューが何処に行ったのか分からなくなったらしく一瞬にして言葉を失い体を硬直させていた。

 ヒューは音も無く一歩前に出ると目標を見失い動けないでいる茶髪男の膝裏に蹴りを軽く入れた。
 丁度膝カックンを喰らったような形でバランスを崩した茶髪男の背にヒューは渾身の力で肘鉄を叩き込む。
 文字通り茶髪男は突き飛ばされ俺の目の前で不恰好に転がるとそれっきり動かなくなった。
 あまりの衝撃に一瞬で気を失ったのだろう…気を失った当の本人は自分の身に何が起こったのか全く把握していないに違いない。
 気を失った茶髪男だけではない、突然の出来事に俺を含めた全員がピクリとも動けなくなっていた。

「さ、リュウ逃げよう。」
「…バ、バカ!お前突き飛ばすの意味が違うだろ!俺は逃げながら軽〜く突き飛ばして中央突破しようって言ったのに本当にブッ倒してどうするんだ!」

 しれっと言い放たれたヒューの言葉に俺は我に返って思わず叫んだ。
 …こんな状況になって逃げられるわけが無い。
 こうゆうヤツ等は仲間の一人がやられると何処までも執拗に追いかけてくるものだ。

「て、てめえよくも!」

 俺と同じくヒューの言葉で我に返った不良の一人が手に持っていた鉄パイプを振り上げヒューの頭目掛けて一気に振り下ろした。
 ヒューは無表情のまま左腕を軽く上げるとそれを受け流した。
 ガァンと鈍い音が狭い路地裏に反響する…人間の腕に鉄パイプがぶつかってする音ではない。

「なっ!?なんだコイツロボットか何かか?!」
「わざわざ逃げてやるって言っているのに聞き分けの無いヤツ等だな…。」

 鉄パイプをいなした左腕の袖から工具…スパナが滑り落ちヒューの手の内に収まる。
 ヒューの左手が翻り、路地裏に再び金属のぶつかり合う音が反響した時には不良の手から鉄パイプが吹ッ飛んでいた。

「へ!?」

 驚愕の言葉の直後、今度は不良自身がヒューの中段蹴りで吹ッ飛び数メートル先の業務用ゴミ箱にハデにぶつかってそのまま動かなくなった。
 間髪入れず背後から突き出されたナイフをヒューは紙一重で避けると相手の方も見ずにカウンターで鼻面に肘鉄を撃ちつけ、ひるんだ所に更に裏拳を当てる。
 逆方向から繰り出された別の男の鋭いパンチを今度は身をかがめて避けると地面に手を付き相手の顎目掛けて痛烈な蹴りを喰らわせた。
 …数秒後、ヒューの両脇に意識を手放した二人の男が重い音を立てて同時に崩れ落ちた。

「う、うわわあああ!」

 自暴自棄になり真正面から突っ込んできた痩せ男の肩をヒューは軽く掴むと地面を蹴り男の横殴りの攻撃をかわしながら上方に身を翻す。
 その様はまるで痩せ男の肩の上でヒューが逆立ちをしているかのような…そんな感じだ。
 ヒューは肩の上で器用に方向転換すると男の頭上からその背目掛けて膝蹴りを叩き込む。
 男は衝撃に仰け反り白目を剥いてその場にうつ伏せに倒れこんだ。
 多分ヒューは手加減をしてやったんだろう、痩せた身体を支える背骨が折れなかっただけマシだ。


 …全て、一瞬の出来事だった。

 最初の茶髪の男をのしてからまだ一分程度しか時は過ぎていない。
 だが立っているものは既に半数にも満たない…狩るモノと狩られるモノの立場は完全に逆転していた。

「に、人間じゃねえ、バケモノ…!」

 ヒューには申し訳ないがこの時ばかりは俺も不良達と同意見だった。
 凡人とか天才とか…そうゆうレベルじゃない、人としての限界を超えている。
 驚異的な強さを目の当たりにし後ずさりする残された不良たちに向かってヒューは冷たく言い放った。

「いいか、俺やリュウに今後もしも敵意を持って近づいたのなら…その時は全員二度と動けないようにしてやる。」

 その言葉は弱者に有無を言わせない、絶対的な命令だ。
 夜の闇に消え入りそうな低く小さい囁きはその場にいた全員の耳に確実に届き、全身を凍りつかせた。
 ヒューの据わった目に何時もの優しさは欠片も見当たらない…酷く冷たく、心底、恐ろしい瞳。
 戦意を失った不良たちはその場にへたりこみ噛み合わさらない歯をガチガチとぶつけて不快な音をたてていた。



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