「じゃ、行くぞ。」

 ヒューのその言葉を合図に俺とヒューを乗せたバイクがゆっくりと加速する。
 流石にリッタークラスだけあって大の男二人乗せていてもパワー不足を全然感じさせない力強い走りだ。
 あっという間にバイクはスピードに乗り凄い速さで景色が流れてゆく。
 久しぶりに感じる風はとても気持ちよくて俺は目を細めた。

 大きな交差点の赤信号で引っかかった所でヒューがコチラに顔を向けて少し大き目な声で話し掛けてきた。

「どうだ?初めてのタンデマーの感想は?ちょっと怖い?」
「うーん、そうだな…ちょっと怖いかもしれないな。」

 俺はそう言ってヒューの腰のベルトとバイクのグラブバーから手を離すと恋人達がよくするような思いっきり腰にしがみつく格好をしてみた。
 …やっぱりヒューの腰は細い。

「おいおい、怖いからってあんまり密着すると転ぶぞ。」

 俺の冗談に対してヒューは笑ってそう言ったが別段嫌がる様子もない。
 多分ヒューはタンデムするのに慣れているんだろう。
 慣れない人間がタンデマーにしがみつかれると実際運転しづらくなって転びそうになる事もあるらしい。
 次の信号待ちでちゃんとした姿勢に戻ろうと思っていたのだが結局ヒューの腰にしがみついた状態を直す前に整備場の前まで来てしまった。
 バイクを使うと整備場までは本当あっという間だ。

 俺はバイクから降り借りていたヘルメットをヒューへと渡す。

「じゃあ俺は倉庫裏にバイク置いてくるからその間にシャッターを開けてくれるか?」
「ああ、分かった。」

 ヒューが投げてきたキーを片手で受け取ると俺は整備場に向かった。
 途中事務所に寄ってカバンを置き何点か工具をつなぎの後ろポケットに突っ込む。
 整備場の前まで来ると俺は鍵を外し重いシャッターを持ち上げて…驚愕した。
 目の前に広がっていたのは物取りに荒らされたような惨状。
 綺麗に配置されていた工具がバラバラに散らばっている様はまるで玩具箱を引っくり返したような状態だ。
 …まさか、昨日の連中の報復だろうか!?

「ヒュー、これって…。」

 背後から遅れてやってきたヒューの方を慌てて振り返ると妙に落ち着いている。
 まるで今までにもこんな事が何度もあったかのような…そんな感じだ。
 そしてそんな俺の予想を肯定するかのようにヒューは盛大な溜息をつくと舌打ち交じりでぼやいた。

「あー、またあいつ等…ったく!仕事増やしやがって。」
「あいつ等…?」
「ほら、あそこに隠れてるつもりで尻尾が出てるだろ。」


 ヒューが指差す方を見やると、工具ボックスの隙間からサスペンションのバネの先端にボールがついたような物がちょっとだけ見えている。
 恐る恐るそれに近づいてみるとそこには俺が今まで見た事がないようなモノが居た。
 俺に気がついて振り向いた黄色と橙色の二つの塊はぱっと見クマかネズミのような印象を受ける。
 ガン黒な顔に変わらぬ表情を湛える姿はかわいいを通り越して少し気味が悪い。
 俺を指差して、何だお前何だお前ソックリさんかー?とワイワイとはしゃいでいる。

 …悪戯好きのガキ供、という印象だ。

「トビーズっていうんだ。何時の間にかこの整備場に居着いちまってさ。」
「…へえ、…………かわいいな。」

 一応かわいいと言っておいた。

「外見に騙されるとロクな目にあわないぞ、そいつ等結構やり手だからな。」
「え?やり手って…?」

 直後、俺はヒューの言っていた「やり手」を実感する事になった。

 いそいそと近づいてきた黄色い方がズボンをよじ登り俺の右腕にじゃれ付いてくる。
 抱っこして欲しいのかと思いそちらに手を伸ばした時には、ズボンのポケットにとりあえず突っ込んでいたスパナを橙色の方に持って行かれていた。
 俺の手から逃れるように黄色い方も素早く走り去ると俺から5メートル程離れた所から二人並んで”やーいやーい!”とこちらを小ばかにしてくる。

「な、なんだあいつ等…!クソッ何時の間に持っていかれたんだ…!?」
「ハハ、普段はいつも俺が悪戯されて先輩や親方に笑われてるんだけどさ…うーん他の人が悪戯されているのを見るのは確かに悪い気分しないな。」

 ヒューは腕組みをしながら悠然と俺の後ろに歩み寄るとからかう様に言った。
 あまりに爽やかなその笑みにカチンときた俺は憮然とした態度でヒューに切り返した。

「…ヒュー、俺を笑うのは別にいいけどあの工具はヒューから借りているヤツだぞ。」
「………あッ!」

 俺のツッコミにヒューは一瞬にして青い顔になると走り去っていったトビーズの後を猛然と追いかけ始めた。
 きっとこれがこの整備場の日常の一つなのだろう…ヒューの必死な表情はどこか微笑ましかった。



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