数刻後、トビーズを両脇に抱えてヒューが戻ってきた。

 きっと酷く不機嫌な状態で戻ってくるんだろうな…そんな俺の予想を裏切りヒューの表情は驚くほど穏やかだった。
 トビーズに小言をぶつぶつ言うヒューの表情は怒りの表情というよりどこか優しげで大切な者を見守っているかのような…そんな表情だ。
 例えば軽い悪戯をした自分の子供を叱る親とか、彼女にからかわれてむくれている彼氏とか…親バカやふざけ合っているカップルに見られる幸せな表情。
 ヒューが見せる穏やかで嬉しそうな表情を見ているうちに何か俺まで嬉しくなってきた。

「ヒュー。」
「…ん?何だ?」
「お前、そいつ等の事が本当大好きなんだな。」

 俺の突然の言葉にヒューが激しく咽返った。
 その隙にトビーズはヒューの腕からすり抜けると再び整備場の物陰へと走り去っていく。
 ヒューは走り去るトビーズの後姿を忌々しそうに目線で追い、今度は俺を睨め付けた。

「あのなあ…そんなわけないだろ!」
「悪い悪い。好きどころじゃなくてもう愛してるの段階か。」
「なッ!?俺は何時も何時も悪戯ばかりされて本当うんざりしているんだからな!」

 激しく捲くし立てるヒューに対して俺は軽く溜息をつき肩を竦めてツッコミを入れた。

「だったら追い出せばいいじゃないか。」
「おっ…追っ払っても寄り付いて来るんだから、仕方ない…。」

 最後の方は殆ど聞き取れないほど小さく呟かれたヒューの言い訳に俺は思わず吹き出した。

「分かった、そうゆう事にしとく。」
「な、なんだよそのそうゆう事にしとくって…。」


 その時ヒューの言葉を遮るかのように軽快なトラックのエンジン音が近づいてきた。
 あの宅配便のオバさんのトラックだ。

「こんにちは〜。」
「ああ、こんにちはオバさん。」

 ヒューはトラック傍まで駆け寄ると何点か荷物を受け取りサインをする。
 その間ずっとニコニコとヒューの顔を見つめていたオバさんだったがフと何か思い出したのか胸ポケットからメモ帳を取り出して何かを確認した。
 メモ帳からヒューへと視線を戻すと再びニッコリ微笑む。

「そうそう、この前ヒュー君が注文くれたバイクの後輪の部品だけど明日の朝には届くそうだから。」
「えっ…。」

 ヒューの横に突っ立っていた俺の微妙な変化を感じ取ったのかオバさんが不思議そうに問い掛けてきた。

「ん?リュウ君そのパーツがどうかしたん?」
「あ…実はそのパーツを交換する作業がこの整備場での最後の研修なんです。だから明日がここで仕事する最後の日になるって事で…。」
「あら!そうなの、折角いい男が二人もいてオバさん嬉しかったのに淋しくなるわぁ…。」

 オバサンは本当に残念そうに手を口に当てるとちょっと恰幅のいい身体をくねらせた。

「俺も、淋しいです…。」

 俺は実際に思っていることを素直に口に出した。
 部品が来るのはあともう少し先だと思っていたのに…想像以上に早かった。
 まあ実際車やバイクの部品の取り寄せなんて一週間かかると言われていたものが2.3日で届き、2.3日で届くと言われていたものが一ヶ月かかるなんて事はザラなんだが…。
 もう暫くヒューと一緒に仕事が出来ると思っていたが明日の朝パーツの交換を終えればそこでヒューともお別れだ。
 少し落ち込んだ俺の気持ちを察したのかヒューが俺の肩に手を置いた。

「まあ…でも二度と会えないってわけじゃないし、またココが忙しくなったらコイツ呼びつけるんで。」

 そうオバサンに言ってヒューは笑った。
 ヒューにしては上出来の芝居だ…いや、実際二度と会えないっていうわけじゃない。
 会おうと思えばまた何時でも会いに来れるんだ。

「もしもまたこの整備場にリュウ君が来た時にはオバさん絶対呼んでね!仕事放り出して駆けつけちゃうで!」
「ちゃんと仕事のついでにきてくださいよオバさん。」
「出来るだけ努力はするわ。じゃ、まだ今日は配達しないといかんモンがあるで、また明日ね!」

 運転席から陽気に手を振ってくるオバさんに手を振り返す。
 軽快に走りさるトラックを見送るとヒューはこちらに向き直りまだ少し落ち込み気味の俺の肩を元気付けるかのように強く叩く。

「さ!張り切って仕事しようか。リュウにはパーツ代分みっちり働いてもらわないとな。」
「ああ、おつりが来る位働いてやるよ。」

 まあ、まずは整備場の掃除からだな…ばっ散らかった整備場を見渡し俺はそう付け加えて苦笑した。



→25


←BACK