徹夜という状態を考慮してバイクではなく徒歩で整備場まで行く事にした。
 街並を目に焼き付けるようにちょっとのんびり気味で歩いた為、時折ヒューは足を止めて俺が追い付くのを待ってくれた。
 整備場につくと鍵をあけ重いシャッターを持ち上げる。
 今日は昨日の様には散らかってはいなかったが待っていましたといわんばかりにトビーズ達が整備場に置かれていた箱から飛び出してきた。

「あー、お前等と遊ぶのはリュウのバイク直してからだからな。」

 ヒューは笑いながらトビーズの頭を軽く撫でた。
 丁度その時アサイチの配達をしにオバさんのトラックが整備場の前で止まった。

「お待たせヒュー君!これ発注しとったパーツね。」

 そういってこなれた様子でひょいとダンボールをヒューへと手渡す。

「で、こっちはリュウ君へ、オバさんからのプレゼント。」
「え?」

 オバさんの差し出した封筒を受け取り中を見てみると一枚の厚手の紙が入っている。
 取り出してみるとそれは最初にオバさんに出会った時に撮ってもらった…いや、盗ってもらった写真だった。

「オバさん…これ盗み撮りの方じゃない?」
「でもいい表情しとるでしょ?絶対そっちのがイイと思ってオバさんあえてソッチを持って来たンよ。」

 確かにオバさんの言う通りヒューも俺もとても自然な感じがして悪い写真ではないと思った。

「ウン…ありがとう、大事にします。」

 とりあえず俺は写真を封筒に戻しジャケットの内ポケットへとしまった。

「じゃあ、リュウ君またね!あ、コッチにくる時はまた声かけてーよ!」

 朝の宅配が忙しいのかオバサンはあたふたとトラックへ駆け乗ると猛烈な勢いで走り去っていった。


「…よし、じゃあ早速リュウのバイクのパーツ、交換しよっか。」
「ああ。」
「あ、交換は俺がするよ。リュウは今日私服だし油で汚れるといけないからな。」

 ヒューはそう言って笑うと部品を持ったまま俺のバイクの方へと小走りで向かっていった。
 その背を見つめていて俺はじわじわと胸にわだかまる重い気持ちに溜息をついた。
 あと少しでヒューともお別れだ。
 こんなに淋しいと思ったことは無い、故郷を旅立つ時でさえ俺は何も思わなかったのに…。
 正直パーツが不良品だったらよかったのに…そんな事まで思った。
 俺のそんな思いを他所にヒューはテキパキとパーツを交換していく。
 その作業を見ていて俺はふと不安に駆られてヒューの元へと歩み寄った。

「…なあ、このつなぎ先にバイクに載せちゃってもいいか?もしも忘れて置いて行ったなんていったらシャレにもならないからさ。」
「はは、リュウは心配性だな。そんなのパーツがつけ終わった後でもいいのに。」

 手を休めずにヒューが笑っていった。
 ただ本当に何となく心配になって先に載せたくなっただけだったのだが…とりあえず俺はヒューの作業の邪魔にならないように気をつけながらバイクの後部座席部分につなぎの入ったカバンをしっかりと括り付けた。
 その時ヒューの作業を見飽きたのか俺のバイクに乗っかっていたトビーズがひょいと飛び降り外の手洗い場の方へ向かって走り出した。

「おいおい急に外に飛び出すと危ないぞ。」

 俺は外へひょこひょこと飛び出していったトビーズを追いかけて両腕に抱えて持ち上げた。



 それはあまりに突然な事で、俺は一歩も動く事が出来なかった。



 対向の道路から聞こえてきた激しい衝突音…自動車同士の衝突が視界に入った時にはもう遅かった。
 その内一台が衝突の反動でトビーズと俺の方へと向かってきていた。

― 間に合わない。

 俺は咄嗟に胸に抱え込むようにトビーズを抱きかかえる。
 直後、激しい衝撃に俺の体は突き飛ばされた。
 それが車にぶつかった所為で無い事はすぐに分かった。
 俺を思いっきり突き飛ばしたヒューが代わりに撥ねられるのが一瞬視界に入ったからだ。
 決して軽くはない体が面白いように吹き飛ばされて冷たい地面へ転がる。







 ヒューの見開かれた瞳は確かに俺の方へ向けられているのに…その目は何処も見てはいなかった。



→28


←BACK