最悪の結果が俺の脳内をよぎり一瞬視界が真っ白になった。
 動悸が一気に高まり呼吸が乱れ嫌な汗が滲み出る。
 なのに背筋には凍えるような冷たさが走り指先の震えが止まらない。
 カラカラに乾いて貼りついたように詰まった喉から俺は無理矢理声を絞り出した。

「ヒュー!!」

 俺の叫びとも悲鳴ともつかない呼びかけに僅かにヒューの体が動き、直後その顔を苦痛にゆがめる。
 よかった、生きている…!
 早くヒューの状態を確認しないと…急いで立ち上がろうとしたが足に力が入らず俺はまたその場にへたりこんでしまった。

「…ッ?」

 どうやら俺自身もヒューに突き飛ばされた際に頭を強く打ちつけたようで激しい眩暈から足がふらついていた。
 直ぐにでもヒューの元へ走り寄りたいのに…おぼつかない足取りで漸くヒューの元まで歩み寄る。
 一足先に駆け寄ったトビーズ達が心配そうにヒューの様子を伺っている。

 左足以外には特に目立った外傷はない…それがかえって俺の不安を煽った。
 あまり体を動かさないように安全な場所までヒューを運ぶ。
 次にトビーズに整備場から救急箱を持ってくるように指示した。
 とにかく止血しないといけない。

「…った…。」

 トビーズの持ってきた救急箱からガーゼを取り出し左足の止血をしていると僅かにヒューが口を動かした。


 まだ意識が朦朧としているらしく半分無意識といった感じだ。
 意識を確認する為に俺はヒューの肩を指でトントンと小さく叩き声を掛けた。

「何?」
「よかった…、今度は、ちゃんと、守れて。」

 ヒューはゆっくりと薄く瞼を開き俺を見ると力なく笑った。
 胸の奥がどうしようもなく、ズキン、と痛んだ。

「…ああ、ありがとう。助かったよ。」

 本当は礼を言えるような心境ではなかったがヒューを不安にさせるわけにはいかない。
 こうゆう状況では不安から何時ショック状態に陥るか分からない…安心させるように擦り傷のついたその額を優しく撫でる。

「…ごめんな。」

 俺に撫でられながら力のない表情のままヒューが謝ってきた。



「何でヒューが謝るんだよ、助けられたのは俺なのに。」
「ただ…待ってるの…ツライ、だろ?」
「…。」
「大丈夫、俺、死なないから…。」

 安心させなきゃいけない立場の俺が逆に安心させられていた。
 やり切れない思いに俺は血の気のないヒューの指を少し強く握った。
 俺は今何て無力なんだろう…。


 ふとヒューに視線を戻すと力のない表情のまま目を閉じて動いていない事に気がつく。

「おい、ヒュー?…こら、意識を手放すな!」

 再びヒューの肩を指で叩きながら意識を呼び起こす。
 その声にヒューは目を瞑ったまま僅かに顔を歪めたがすぐに無表情に戻りこちらの言葉に小さく応えた。

「…大丈夫だって、昨日寝てないから、ちょっと、眠いだけ…。」
「バカ!寝るな!」
「…ん。」

 それを最後にヒューは俺の呼び掛けにも指にも反応しなくなってしまった。
 軽い眩暈と同時に焦燥感が一気に高まる。

―ただ待っているの、ツライだろ?

 先刻のヒューの言葉が胸をよぎる。
 事故が起こってからまだソレほど時間は経っていない。
 なのにもう何時間も過ぎ去っているように感じる、一分が、一秒が、恐ろしく長い。
 早く、早く、まだ救急車は来ないのか…焦りだけがどんどんと募る。
 大した事も出来ない自分の無力さが、辛かった。
 ヒューも嘗てはそうだったのだろうか…。
 俺は両手で強くヒューの手を握った。


 それしか、出来なかった。


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