「お前…ヒュー…!?」
「その声、もしかしてKKさん!?」

 どうやら蒼目のヒューはもう一人の俺の事を知っているらしい。
 そして暗闇が幸いしたのか、ヒューは俺が「別のKK」である事に気がついていないようだ。
 俺は覆い被さったままだったヒューの上から立ち上がると手を差し伸べて倒れこんだままのヒューを引っ張り立たせた。

「悪い、刺客かと思って攻撃しちまった。」
「俺、もう駄目だと思いましたよ…本当、KKさんでよかったです。」

 そう言って安堵の息を漏らす。
 声は朱目のヒュー…"リュウ"と殆ど変わらないのにアイツと違った丁寧な口調に違和感を覚えてムズ痒い気分になった。
 乱れた呼吸を深呼吸して整えているヒューに向かって疑問に思っていた事を問い掛けてみる。

「で、…お前何でこんな所にいるんだよ。お前が住んでる場所ってココからは全然離れてるだろ?」
「えっ…!そ、それは、あ、あのその…。」
「なんだよ。」

 ヒューは何故か恥ずかしそうに頭を掻くと渋々といった様子で小さな声で答えた。

「その、実はこっちに旅行に来てホテルに帰る間に迷子になってしまって…それで、高い所から街全体を見れば場所を把握できるかなって思って。」
「は、迷子!?」
「俺、方向感覚には優れている方だと思っていたのに…。あ、確かにこの辺りは土地勘のない場所ですけど、でも迷子になるなんてやっぱ恥ずかしいです。」

 ヒューが迷子になったのは恐らくMZDから貰った"呼び込む星"の所為だろう。
 ふと思い出して星を仕舞った胸ポケットを弄ってみると入っていたはずの星は跡形もなく無くなっていた。
 多分一回ポッキリの道具だったのだろう…役目を終えて消えてしまったようだ。

「あ、あの…KKさん、もしかしなくても仕事中でしたか?」

 ヒューの言葉に俺の意識は一気に引き戻された。
 仕事中…もう一人の俺も同じような職業についていると仮定するとこんな真夜中に廃ビルで掃除をする筈なんてない。
 まあ別の仕事をしているとしてもまっとうな業種の人間がこんな時間にこんな所をうろついている訳もないだろう。
 つまり目の前にいる蒼目のヒューは「KKが裏家業の仕事している」という事を知っているという事になる。
 そう考えれば俺とドンパチやらかした後の落ち着いたヒューの態度も納得できる。
 そして同時にヒューの「仕事中」という言葉を聞いて俺は一つ忘れていた事を思い出した。
 ヒューに背を向けて崩れた窓際まで歩み寄り、慎重に外を伺うと僅かにだが人の気配を感じた。
 姿は見えないが恐らく12人の刺客はこのビルへと着いていて侵入をはじめているのだろう。

「あー。仕事中っていうか、…これから仕事だ。」
「え?」
「さっき言っただろ?お前を刺客と間違えたって。今このビルに向けて刺客が来ている…今からこのビルを出ようとしたら、多分鉢合わせだ。」

 数秒してから漸く俺の言葉を理解し始めたのか、元々青かったヒューの顔が更に青くなっていくのが分かった。
 月明かりに照らされた顔はまるでホラー映画に出てきそうな生気を感じない恐怖に脅えた不幸な青年そのものだ。

「そ、そんな…!あ、あの、俺、どうしたら?」
「お前はどこかに隠れていろ。自分の身くらい守れるな?」
「む、無理ですよ無理!」
「だったら一人でビルから逃げるか?上手くいけば逃げられるかもしれねぇけど、刺客に遭遇して殺されるのがオチだと俺は思うけどな。」

 俺の言葉にヒューは反論出来ずに黙り込んだ。
 そして一瞬固く目を瞑り、次には意を決したのか鋭さを宿した瞳で俺の方に視線を戻す。

「…分かりました。俺、こんな日の為にKKさんに護身術教えてもらったんだし…それに応える為にも頑張ります!」

 …その言葉に俺は呆れた。
 これは俺の憶測だが恐らくヒューは過去にもこんな形で裏の騒動に巻き込まれた事があるのだろう。
 そしてもう一人の俺から再び危険に巻き込まれた際に己の身を守る為の護身術を教えられた、と。
 しかしそれは護身術ではなく"暗殺術"だったに違いない。
 裏の世界を知らない一般人に暗殺術を教えるとは…もう一人の俺は俺と違ってさぞかし意地の悪い人間なんだろう。
 それだけは確信できた。

「…俺はこれから一階下に降りて刺客とやりあう。お前は出来るだけ上の階でばれないように隠れてろ。」
「分かりました。」

 ヒューが頷いたのを確認すると踵を返し下に向かうための階段へと足を進める。
 暫くして背中越しにヒューが上の階へ走っていくのを感じた。
 ヒューは確かに強いが気配の隠し方や行動の仕方はまるでなってない、まさしく一般人だ。
 隠れていても近くを刺客が通れば直ぐに居場所はばれてしまうだろう。
 つまり俺の仕事が遅れれば遅れるほどヒューに危険が及ぶ可能性は高くなる。

「ったく。久しぶりに甚振って遊んでやろうかと思ったが仕方ねえ。ちゃっちゃと片付けるか…。」

 懐から銃を引き抜くと俺は一階下へと足を進めた。



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