スパナと貫通ドライバーを暗闇の中漸く見つけ出しビルの出口へと向かう。
 ビルから出てみるとヒューは出口から少し離れた位置に体育すわりをして俺を待っていた。
 よく見てみると胸元に手を当てて何か祈っているようにも見える…懺悔でもしているのだろうか。
 俺は構わずヒューに声をかけた。

「悪ぃな、ちっと工具を探すのに時間かかっちまった。」
「…あ!スミマセン俺が頼んだばっかりに手間取らせてしまって…。」

 ヒューはこちらに気がつくと慌てて立ち上がりズボンについた砂ホコリを叩いてから俺の方へと歩み寄って来た。
 まだヒューは俺が「別のKK」である事に気がついていないらしい…俺はそれを確認すると一歩踏み出してヒューのいる月明かりの元へと姿を晒した。
 眩い月明かりに照らされた俺の姿を見てヒューが小さく声を上げる。

「って…え!?KKさん…じゃない!?」
「ああ、確かに俺はお前の知っているKKじゃねえなあ…。」
「じゃ、じゃあ…一体…」

 ヒューが脅えた様子で一歩あとずさる。

「あ〜俺はアイツの双子の兄だ。ソックリだろ?瓜二つの容姿を生かして仕事を分担したり情報を錯乱したりしてるんだ。」
「えっ…そうなんですか?初耳だ…。」
「そりゃ仕事に関わる極秘事項だからそうそう表にだせねぇし、お前が知らねえのも無理はねえよ。」

 先刻MZDから聞いた話をそのまま話してもよかったが、そうすると目の前の生真面目な青年の頭を更にパニックに陥れそうな気もしたので俺はテキトウにウソをつく事にした。
 まあ、後でウソがばれて俺の居ない所でヒューがパニックを起こしても俺の知ったところじゃない。

「でも、じゃあどうして俺の事知ってたんですか…?KKさんから聞いていたとか?」
「ああ…。」

 そうゆう理由でもいいかもしれないと思ったが、俺はあえて別の理由を言った。

「リュウに依頼された。お前を探して来いってな。」
「…!リュウを、知ってるんですか!?」

 リュウという言葉にヒューは目を見開き驚きを露わにした。
 ヒューの素直な反応につい笑みが零れる。
 そしてこれから告げる事実に対して更に驚きの表情を見せてくれるのだろうと思うと…ゾクゾクしてくる。

「ああ、よく知ってるさ。…アイツは俺の仕事仲間だからな。」
「!?」

 予想していた通り、ヒューの顔が驚愕に歪む。
 先刻のリュウという言葉を聞いた時の驚きの表情とは全く違う、酷く複雑な表情。
 そして暫くしてヒューは恐る恐る俺に言葉を投げかけて来た。

「それって…つまりリュウが裏の世界にいるって事ですか!?」
「そうゆう事になるな。…お前もそうなんだろ?この俺と対等に渡り合ったくらいなんだからな。」

 俺の言葉にヒューはとんでもないといわんばかりに激しく首を左右に振った。

「いえ!俺はただの整備士、一般人です。…なんか運が悪いのか何時もこんなカンジで巻き込まれてしまって。」

 整備士で一般人…リュウからも何度も聞かされた言葉だ。
 俺は整備士っていうのはとんでもないバケモノ集団だと一瞬錯覚しそうになった。

「リュウは翻訳の仕事してるって聞いてたのに。まさか裏の世界の人間だったなんて…。」
「いや、お前に会う前はアイツも一般人だったらしいぜ。」
「え?それって…どうゆう、事ですか…?」

 ヒューは俺にその理由を尋ねてきたが何となく答えは分かっているのだろう。
 俺はヒューが予想している通りの答えをキッパリと答えてやった。

「お前を探す為に裏の世界に足を踏み入れたって事だ。」
「…、俺を…。」

 俺の答えにヒューが黙り込む。
 自分の所為でリュウが危険な世界に身を投じたのだ…ヒューのような根っから優しい青年がショックを受けないわけが無い。
 俺はここで本題を切り出す事にした。

「…驚いたか?」
「そりゃ…驚きました。」
「じゃあ、幻滅したか?傷ついたか…?」
「!?」

 俺の問い掛けにヒューの表情がはっとなる。

「リュウはお前を探すのに必死で気が付いた時にはコッチの世界にドップリだ。もしその事をお前が知ったら「きっとヒューは傷つくだろう」なんて思ったんだと思う。」

 まあ、これは俺の憶測なんだけどな…と付け加えて黙ったままのヒューに話し続ける。

「死ぬ程お前に再会したかっただろうに…それを我慢して"ヒューがただ生きているかどうかが分かればいい"って俺に言ったのは…アイツの優しさと臆病の現れだと俺は思うんだよ。」

 俺の言葉にヒューはただ黙ったままだ。
 だが青白い顔からは先刻より幾分かショックは引いているようにも思えた。

「で、これは俺からの頼みなんだが…。」
「…何ですか?」
「さっきも言ったとおりアイツは"ヒューが生きているかどうか"それだけ確認してくれればいいって俺に依頼してきたんだが…お前、アイツに会ってやってくれないか?」
「え?」

 俺の要望にヒューが弾かれたように顔を上げる。

「アイツはお前が生きているのが分かればそれでいいって言ってたが、それじゃアイツの為にはならねぇと俺は思うんだ。このままじゃアイツはいろんな感情に押しつぶされて近いうちに絶対ぶっ壊れちまう。」
「…………。」

 黙り込んだヒューを俺は正面からじっと見据えた。
 あと、一息だ。
 さっきから良い人ぶった事を言い連ねているが実際の俺の思惑はまったく別の所にある。
 遭遇してはいけなヒューと不可抗力で出会ってしまったのだ、どうせ任務失敗ならば少しでも自分が楽しめる方向に持っていきたい。
 自分が楽しめる事…それはあの冷静無感情のリュウが朱い目ン玉まわして驚く所を見ることだ。
 会える筈もないヒューが目の前に突然現れたら然しものアイツも飛び上がって驚くに違いない。
 そんなアイツの間抜けな姿を思い浮かべるだけで笑いが込上げてきて興奮のあまりゾクゾクしてくる。
 そう、その為には意地でも目の前のヒューをお持ち帰りしなくてはならないのだ。

「だから会ってやって欲しい。…ほらそれに俺が「ヒューは生きていました」つってもあまり説得力なさそうだし?」
「KKさん…。」

 暫く悩んだ後、ヒューは目を逸らす事なく真正面から俺を見つめ返してきた。
 そのアイスブルーの瞳には力強い意志が宿っている。

「俺、リュウに会います。確かにその事でリュウを傷つけるかもしれない。でも俺も…会うべきだと思います。リュウの為にも、俺の為にも。」
「そうか…。お前ならそう言ってくれると思った。」

 ヒューに優しく笑いかけながら心の中でガッツポーズを取る。
 これでリュウのヤツは俺の前で失態をさらけ出すに違いない、非常に楽しみだ。
 そんな俺の邪な思考など知りもせずヒューは深深と俺に頭を下げてきた。

「ありがとうございますKKさん。」
「あーそのKKさんっつーのは止めてくれよ。リュウのヤツは俺の事Kのオッサンって呼んでる。お前もそう呼べばいい。」
「え…?じゃあ…Kのオッ、…オ、オジさん。」

 俺は激しい脱力でその場に崩れそうになった。
 今日一番の大ダメージだ…純情を弄んだバチが当たったのかもしれない。
 ヒューは恐らく俺に気を使ったのだろうが、オッサンよりも丁寧なオジさんの方が遥かに傷つくという事を知った。

「…俺が悪かった。お前が呼びやすいように呼べばいい…。」
「え?あ、す、スミマセン…!じゃあ、…Kさん。俺やリュウに気を使ってくれてありがとうございます。」
「ハハ…お前、リュウと違って礼儀正しいし素直でカワイイヤツだな。」
「は、はあ…。」

 俺の可愛いという言葉にヒューは顔を赤くして照れ隠しにしきりに髪を掻いている。
 リュウの奴は可愛げがないからついつい虐めたくなるが、こっちのヒューは可愛いから虐めたくなるタイプだと思った。

「よし!こんな所で立ち話もなんだし、俺の家にとりあえず行くか?」
「はい、分かりました。」

 そう言って俺の後に続いて一歩踏み出そうとしたヒューがその場にへたりこんだ。

「…どうした?」
「あ、あの、スミマセン…なんか安心したら腰抜けてしまったみたいで。」

 振り返った俺に向かってヒューが真っ赤な顔で言ってくる。

「お前そりゃ腰が抜けたんじゃなくて無理して動きすぎたせいで体が限界を訴えてるんだ。」

 そう言ってヒューの傍らに屈み込み一応怪我をしていないか調べてみる。
 ズボンの裾を少し上げてみると俺が足払いした際に思いっきり蹴りつけたところが赤く腫れている。
 よくこの足で刺客とやりあえたものだ…きっと強い精神力で痛みをカバーしていたんだろう。

「怪我もしてるな…あの時思いっきり蹴飛ばしたからな、悪かった。こりゃリュウの奴にしこたま叱られるなあ。」
「あ、その事なんですが…。」

 怪我の状態を確認する俺に向かってヒューが声をかけてきた。

「俺が怪我したのはワケのわからない連中にいきなり絡まれたからで、それをKさんが助けてくれたって事にしてくれませんか?」
「あ?…そりゃ願ったり叶ったりだが…。」

 お前それでいいのか?と目配せするとヒューはこくりと頷く。

「その方がリュウにも納得してもらえるかなって。実際に俺、Kさんに助けてもらってるし。」
「分かった。」

 こっちのヒューはリュウと違って本当に気遣いの出来る優しいヤツなんだな。
 ひとしきり感心した後、動けないでいるヒューを背中に担ぐ。

「ん、お前男の癖に随分素直におんぶされるんだな?」
「実はこうやって男性におんぶされるのは二度目なんです。」

 恥ずかしそうに言うとヒューは少し笑って、そして突然押し黙った。
 打って変わって緊張した空気が背中越しに伝わってくる。

「ん…?どうした、傷が痛むのか?」
「あの…Kさん。」
「何だ?」
「…。」

 ヒューは何か俺に聞きたいのだろう…だがそれっきり全く話し掛けてこなくなる。
 1分程経過した所で痺れを切らして振り返ってみると戸惑いを宿したヒューの瞳が視界の端に僅かに入った。

「何だ?言ってみな。」

 もう一度ヒューを催促する。
 それから暫くまた思い悩んだ後、漸くヒューは口を開いた。

「リュウの…。」
「うん?」
「リュウの、本当の名前は…。」

 再びそこで口を噤む。
 恐らくヒューは何となく察しているのだろう。
 リュウの本当の名前を、リュウという存在がどうゆう存在なのかを。
 俺は一つ息を吐き出してヒューに答えてやった。

「リュウはリュウだろ。お前がそう認識しているんなら…それ以外の何者でもない。」
「Kさん…。」
「もうちょっとで車だ。ゴツい男の背中なんて居心地悪りぃだろうがもう暫く辛抱しな。」
「…はい。」

 そして俺の背中にヒューは小さく「ありがとうございます」と礼を言った。
 俺は何故かその聞きなれたお世辞言葉が酷く照れくさいモノに思えていたたまれない気持ちになった。
 らしく無い事を言ってしまった…突き放してやればよかった。
 そんなことを思いながら俺は車へと向かう足を速めた。


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