今日はあの日から丁度3日目だ。
そろそろKKから連絡があってもおかしくないはずなのに未だに連絡がない。
「……。」
俺は寝不足の目を擦りながら机の上に置かれた携帯をベッドからぼんやりと見つめた。
KKは俺に寝ておけと言ったがそんな簡単に眠れるわけが無い。
ずっと探しても見つからなかった手がかりが漸く見つかるかもしれないのだ。
殆ど3日間徹夜状態だったが俺は寝ないでKKからの連絡をただひたすら待っていた。
流石に疲労が溜まって来てベッドの上でうとうととしはじめたその時、携帯がKKからの着信を告げた。
「!」
俺は飛び起きると机の上から携帯を勢いよく掴み通話ボタンを押した。
「…もしもし!」
― はは、お前今までにないくらい出るのが早ぇじゃねえか。しかも何?その待ってました〜!って感じのもしもしはよぉ。普段もそれくらい喜び露わに出てほしいもんだな。
「情報は!?」
― 俺の話はシカトかよ…ったく。よーく聞けよ、有力な情報を手に入れる事が出来た。すんげえ情報だぞ。
「…ッ!マジかよ…!」
多分俺の声は喜びで上ずっていたんだろう。
電話越しにKKの笑い声が聴こえてきて俺は赤面して押し黙った。
息を一つ吐き出して冷静さを取り戻すように努める。
「…で、どんな情報が手に入ったんだ?」
― それは直接会ってお前に話したい。今から俺の家に来れるか?
「ああ、丁度週末になるし大丈夫だ、直ぐに行く。」
― 慌てて事故起こすんじゃねえぞ。ああ、ちっとばかり長い話になるから泊まれるくらいの用意はしてこい。それじゃ、また後でな。
通話終了のボタンを押すと急いで出かける準備をする。
KKに言われた通り外泊出来る用意をカバンに詰め込みアパートを飛び出ると愛車に跨りKKのマンションまで猛スピードで飛ばした。
途中パトカーに追っかけられた気もするが気の所為だろう。
マンションにつくとKKが借りている駐車場にバイクを停めてマンション入口のセキュリティを解除する。
エレベーターに飛び乗り最上階へのボタンを押して「閉」のボタンを連打する。
徐々に上がっていく数字を見つめながら俺はその場で軽く足踏みをした。
やっと有力な情報が手に入る…。
そう思うとこの僅かな待ち時間でさえ酷く長いものに感じられた。
最上階にエレベーターが到達し扉が開くのと同時に外へ飛び出るとKKの家の前まで走り今度はインターホンを連打する。
暫くして内部と音声が繋がった音がした。
「オッサン!俺だ。」
― お前な、一回押せばわかるっつーの。自分で開けてこい。
「分かった。」
手早く入口の鍵を解除して部屋の中へ入る。
そしてリビングへ続くドアを勢いよく開けて、俺は動きを止めた。
「…………!!!」
…声にもならない、とはこの事だろう。
俺は驚きに目を見開き間抜けに口を開けたまま目の前にいる人物をただ凝視した。
そんな俺の様子をKKが隣でニタニタ笑って見ているような気がしたがソレにツッコミを入れてる場合じゃない。
いるはずもない…でも、目の前にいるのは…。
「リュウ、久しぶり。」
ソファに腰掛けたヒューが少し疲れた様子で俺に微笑んできた。
その言葉にハっとなる。
KKは任務に失敗した…俺の信頼を裏切ったんだと理解するのに暫く時間がかかった。
隣でにやにや笑うKKの襟首を乱暴に引っ掴むと俺は我を忘れて吠え立てた。
「おいッ!オッサン!これはどうゆう事だ…!何で…!」
「リュウ!」
問い詰めようとしてヒューに窘められるかのように名前を呼ばれる。
「Kさんは俺を助けてくれたんだ。いざこざに巻き込まれて怪我して動けない所をここまで担いできてくれて手当てしてくれたんだ。」
「そうゆう事だ。これは不可抗力ってヤツ。感謝される覚えはあっても責められる覚えはないな…、分かったか?」
嘘だ。
俺は即確信した。
ヒューが喧嘩して動けなくなる程の怪我をさせられる相手なんてそういない。
もしもいるのなら…例えば今俺の目の前で薄ら笑い浮かべてる無精ひげのオッサンだ。
だが被害者であるヒューが"助けてもらった"と言っているのだから喩え嘘だとしてもそれを信じるしかない。
へらへら笑う無精ひげの喉首に喰い付いてやりたい気分だったがここは大人しく引き下がる事にした。
襟首から手を離し一歩後ろに引き下がった俺の様子を満足そうに見届けるとKKは玄関の方へと一人歩き出した。
「俺はちっと買物に行って来る。2時間くらいしたら帰ってくるからそれまでこの部屋で二人ゆっくり積もる話でもしてればいい。ああ、まだ外出はすんなよ。」
悪びれる様子もなく飄々と歩いていくKKの背中に俺は言い捨てた。
「ビール。」
「わーってるって。大量に買って来てやる。」
振り返りニタリと嫌な笑いを浮かべるKKを見送ってから俺は改めてヒューと向かい合った。
「ヒュー。」
俺の呼びかけに出て行ったKKの方を見ていたヒューの視線がこちらに移る。
別れた時と変わらない澄んだ青い瞳に見つめられて俺は罪悪感から思わず視線を逸らした。
「…その、久しぶり。」
「うん、久しぶり。」
「……。」
何を話していいのか分からない…頭の中が真っ白になってしまってそれ以上言葉が出ない。
緊張に手が震えて喉がカラカラに渇いてゆく。
そして暫くの沈黙の後、ヒューの方から俺に話し掛けてきた。
「リュウ、ちゃんと寝てたのか?随分酷い顔だぞ。」
そう言ってヒューは自分の目元を軽く指でつついた。
多分俺の目の下にある深い隈の事を指しているんだろう…思わず苦笑した。
「最低限は寝てる。大丈夫だよ。」
「寝不足なのも、俺を探すためだったんだろ?」
「…ああ。」
相槌をうってからソファに歩み寄るとヒューの横に自分も腰掛ける。
ヒューと向かい合って話すのは今の俺には辛すぎた。
「Kのオッサンからどれくらい、話聞いてる…。」
「ん…大体は。」
「そうか…。」
もう、ヒューに知られてしまっているんだ。
俺が裏の世界の人間だという事を…。
絶望感に目の前が霞んでいくような錯覚を覚えた。
「バカだなあ。そんな事で気に病む事なんて無いのに。」
ヒューはそう言って、笑った。
思ってもいないヒューの反応に俺は驚いて思わずヒューの顔を凝視してしまった。
俺を見つめるヒューの瞳は優しくて…今度は視線を逸らせなかった。
「リュウは優しすぎるよ、そうやって何でも全部一人で背負い込んで、一人で我慢して、一人で傷ついて。」
「俺は、別に傷ついてなんて…。」
「それがバカだって言ってるんだ。自分の感情の出し方も分からなくなって全部心の奥底に押さえ込んで、深く傷ついてる事にさえ気がつかなくなって。」
そう言った後ヒューの顔が哀しみに一瞬曇る。
「リュウが傷ついているのは俺を傷つけたくない為…つまり、俺の所為でリュウが傷ついているって事だろう?リュウだけ傷つくのはフェアじゃないよ。」
「でも、それでも俺はヒューを傷つけたくなかった…。いや、それだけじゃない…汚れた俺を…俺は、ヒューにだけは見られたくなかったんだ。」
「何バカな事言ってるんだ。」
項垂れる俺に向けてヒューはきっぱりと言い放った。
「汚れたんだと思うんならその手で俺を汚せばいい、傷つければいい。俺はそれで構わないよ…リュウが一人で傷つくよりその方がいい。」
「…ヒュー。」
「だって、俺達仕事仲間だろ?苦労を分け合うのは当然の事さ。」
そう言って俺の肩に手を置くとヒューはにっこりと微笑んだ。
本当に…その笑顔に俺は救われた気分だった。
そんな俺に対してヒューは少し目を細めると今度は意地の悪そうな笑みを湛える。
「俺はどっちかっていうとリュウが裏世界に居る事よりも、俺に会わないってKさんに言った事の方が傷ついたな。」
「あ…ご、ゴメン。」
「俺、本当に会いたかったんだぞ…。」
「うん…。」
「会えて、よかった…。」
肩に置かれていたヒューの手が俺の髪を優しく撫で、そのまま肩口にまで頭を引寄せる。
俺はヒューの肩に額をくっつけたまま瞳を伏せた。
裏の世界に足を踏み入れてしまった俺をヒューは幻滅する事も拒絶する事もなく受け入れてくれた。
そして俺は今、ヒューの横にいて、ヒューの温もりを、優しさを感じている。
「よかった…。」
そう呟いた後、俺は安堵からどっと押し寄せてきた眠気に負けてヒューに抱き寄せられたまま眠りへと落ちてしまった。
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