7時丁度に鳴り出した携帯をベッドの上から手を伸ばして止める。
 眠れた時間は数時間だがずっと徹夜続きだった身体はそれでも幾分か軽くなった気がする。
 隣を見るとヒューはまだ眠ったままだったので起こさないように慎重にベッドから起き上がった。

「さてと、どうしようかな…。」

 冷蔵庫には最低限の調味料くらいしか入っていない。
 棚の方に目を移すと大量のカップ麺に紛れてパスタや缶詰があったのでスパゲティを作る事にした。
 ある程度準備が終わり寝室の方へヒューを起こしに行く。
 案の定、先刻と変わらずヒューはぐっすりと眠ったままだ。

「…ヒュー、朝だぞ、起きろ。」
「んんん…。」

 身動ぎしながら布団を頭の先まで深く被ろうとするのを阻止して大きく肩を揺さ振る。

「朝ご飯冷めるぞ、早く起きろ!」
「んん〜…。あ…リュウ、おはよう…。」

 ようやく目を覚ました。
 半身を起こし大きく伸びをするとヒューは寝ぼけた目を俺の方に向けた。

「よかった…起きてリュウがいなくなってたら、どうしようかと思った…。」
「俺はこのままヒューが起きないんじゃないかと心配に思ったぞ。」

 腰に手をあてて口を尖らせて言うとヒューはゴメンな、といって苦笑した。

「でもよく寝たおかげで身体の方はすっかり大丈夫みたいだ。昨日はまだ足痛かったんだけどもう痛みもないし。」
「…随分治りが早いんだな。」
「身体が丈夫な事だけは自慢だからな。」

 そう言ってヒューはベッドから降りるともう一度大きく伸びをした。
 ヒューが伸びを終えたのを確認してからキッチンへと向かう。

「オッサンの家ろくなモンが無かったからスパゲティくらいしか作れなかったよ…。後で何か食材を買ってこよう。」
「なあ、リュウが何か作ってくれるのか?」
「そうだな…俺の故郷の料理でも作ろうか。きっとヒューにも懐かしい味だと思うし。」
「本当か?楽しみだな。俺ってそうゆう家庭料理は全然覚えてこなかったからさ。」

 嬉しそうに目を細めるヒューを見て、俺も釣られて微笑んだ。
 こんな風に笑ってる所をKKに見られたらさぞかしバカにされるだろう。
 キッチンにつくとヒューは冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターを取り出し、そのままラッパ飲みをした。
 コップくらい使えよ、と言ったらヒューは特に反論もする事無く、ただ笑って誤魔化した。
 そして朝食の用意されたテーブルにつくと、ヒューは俺に向かって両手を合わせた。

「…それじゃ、いただきます。」
「どうぞ。大したモンじゃないけどな。」

 空腹だったのだろうか、俺はまだ半分も食べていないのにヒューはあっという間に全部平らげてしまった。
 寝起きだというのによく食べれるものだ。
 ヒューの早食いに呆れながら俺は今日の予定を持ち掛けた。

「昼過ぎになったら出かける準備をしよう。オッサンに車貸してもらえないか後で電話してみる。」
「ああ。そういえばKさんは?」
「暫く用事があるって出かけたよ。その間はココ使っていいって。…あ、そうだ。」
「ン、何だ?」

 俺は昨日から心の隅に引っかかっていた事を聞いてみた。

「ヒューは、何時までこっちに居られるんだ?」

 KKの話ではヒューは車の展示会を見にこっちまで旅行に来ているとの事だった。
 恐らく週明けには仕事も始まるだろうし、何時までもこちらに居られるわけでもないだろう。

「えっと…遅くても日曜日の深夜までには帰らないといけないから、明日の夜までには東京駅につきたいな。」
「珍しいな、電車で来たんだ?」
「ああ、東京に車で来ると駐車場とか渋滞が大変だし、バイクの方は丁度整備してて使えなくてさ。」
「そうか…。うーん、じゃあ明日の夕方にはこのマンションから最寄の駅に向かった方がいいな。」

 それは丁度KKが俺に言った期限と同じ時刻だった。
 期限内の二日間ヒューと一緒に居られるなんてラッキーだ…俺は胸元にかけた十字架に心の内で手を当て神に感謝した。

「最寄の駅までは見送るよ。本当は東京駅まで行きたいんだけど、夕刻過ぎにKのオッサンに会わないといけない約束してるからさ。」
「ん、ありがとう。駅まで案内してくれれば流石に俺も迷子にはならないと思うからさ、助かるよ。」

 照れた様子で髪の毛を掻きながら言うヒューの顔を、俺は少し目を細めて見つめた。
 …本当は時間ギリギリまで、ヒューがこの街を出て行くその時まで一緒に居たい。
 けれど時間が経てば経つほど事故が起きる可能性も高い。
 多くの人で賑わう東京駅まで一緒に行くのはあまりに危険だ。
 逆にここから最寄の駅は利用者も殆ど居ないから、そこまでなら大丈夫だろう。

「…ごめんな、最寄駅までしか行けなくて。時間があれば東京駅まで見送りに行くんだけどさ。」

 ヒューと少しでも長く一緒にいたい…そんな思いを俺は水と一緒に喉の奥まで流し込んだ。



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