マンションを出てから既に数刻が経過していた。 ぎっしりと立ち並んだビルや渋滞からは遠ざかり、曲がりくねった海沿いの道路をひたすら進む。 空は綺麗に晴れ渡り、開けられた窓からは潮の香りを含んだ風が吹き込んできた。 目的地まではもう少しだ、俺は少しスピードを上げて車を走らせた。 「まどろむMOONLIGHT〜ネオンをまとって〜」 それまで黙って窓からの景色を見ていたヒューが突然楽しげに歌を歌いだした。 今ごろビールの酔いが回ってきたのだろうか? いや、それよりも俺を驚かせたのは歌詞の内容の方だ。 最初の出だしからサビまでのあんまりな内容に、俺は思わずヒューに言ってしまった。 「…変な歌だな。」 「ハハ。親方に教えてもらったんだ。『ドライブにいいぞ!』ってさ。でもちょっと古臭い感じがするよな。」 「そうだな、80年代の歌って感じがするな。」 俺はそう答えてヒューの歌へと耳を傾けた。 歌詞の内容はわけのわからない物が殆どだったが、所々気をとられる部分もあった。 ― とめどなく広がる空に放たれたカゴの鳥は、目の前の硝子の壁に気付かず羽ばたき続ける…。 硝子の壁、それは自分の心の内にある壁の事だろう。 生きる目的を持たない人間にとって、自由ほど大きな枷はない。 まさしく広大な空に解き放たれた、行くあてもない迷子の鳥だ。 そして"迷子鳥"…それは俺が裏の世界で使っている名前の一つだ。 「ん…。なんか、ちょっと共感できる歌だな。」 「ええっ?マジで!?リュウの感性ってちょっと変わってるな。」 俺の言葉にヒューは最初は驚きの表情を浮かべ、そして文字通り笑った。 まあ、歌詞の内容は殆どが意味不明なものだから、共感できるなんて言われたら普通は笑うだろう。 「まどろむMOONLIGHT ネオンをまとって〜」 ヒューが二度目を歌う時には大体内容を覚えられたので一緒に口ずさんでみた。 一瞬ヒューは驚いたようだったが、二番に差し掛かった時にはノッてきたのかコーラス部分を歌いだした。 多分、普段は親方がメインを歌ってヒューはコーラスを担当させられているんだろう。 無理矢理歌わされるヒューの姿を容易に想像する事が出来て、俺は思わず笑みを零した。 →48 |