二人で不思議な歌を歌っているうちに目的地の傍の駐車場へと到着した。
 トランクに積んであったクーラーボックスや軽食を取り出し山道へと向かう。
 半分獣道のような道をヒューと並んでひたすら歩きつづけた。
 ヒューの足が心配だったが、特に問題はなさそうだった。
 時折「大丈夫か?」と声を掛けてみたが、逆に俺の持っている荷物の重さを心配されてしまった。
 そして20分程歩いた頃、ようやく目的地が見えてきた。

「よかった。間に合った。」

 山道を抜けると一気に視界が広がり、太陽に照らされた海が目に飛び込んできた。
 日は既に傾き始め、もう一時間もすれば海の向こうへと沈んでしまいそうだった。

「ここから見える夕日は凄い綺麗でさ、バイクを走らせるついでによく寄ってるんだ。」
「わぁ…!本当、綺麗だな。」

 目の前に広がる景色にヒューが感嘆の声をあげた。
 小高い崖の途中にある10畳ほどのスペース、ここからの景色は本当に綺麗だと俺は思う。
 そしてここまで来る道のりが道のりだけあって他に来る人間はまず居ない、絶好の穴場スポットだ。

「とりあえず座ろうか。歩き疲れちゃったしな。」

 クーラーボックスを地面に下ろし、簡易的に作られた長椅子にビニールシートを敷いて腰掛けた。
 俺が随分前に適当に作った長椅子だ。
 いつかヒューを連れてきた時に使おうと思い作った物なのだが、所々コケが生えたりしてすっかり古臭くなってしまっていた。
 ヒューを探し出そうと決意してから長い月日が流れた事を、まるで椅子が物語っているかのようだった。
 二人並んで椅子に座り、ゆっくりと沈んでいく夕日を見つめた。
 景色に少し飽きてきた頃、缶ビールを取り出しヒューの方へ差し出したが、ヒューはまだ景色に夢中なのかそれに気がつかないようだった。

「…ヒュー?」
「あ!ああ、ごめん。ちょっと魅入ってた。」

 俺から缶ビールを受け取るとヒューは苦笑しながらプルタブを上げた。
 そして軽く缶と缶をぶつけて乾杯をし、一気に煽る。
 歩きつかれた身体に冷たいビールが深く染み渡り、飲み乾した時には思わず親父くさい声を出してしまった。
 二本目のビールを手にした時、夕日を見つめながらヒューが俺に話し掛けてきた。

「実はさ、この場所…俺の知ってる場所とよく似ててさ。」
「…ん?ヒューも同じようなお気に入りの場所があるのか?」
「ああ、俺の場合は綺麗な朝日が見える場所なんだけど…。」

 そう言うとヒューは空になった缶ビールを袋にしまい、新しく出した缶ビールをあけて一口煽った。

「親方にオススメな場所だって教えてもらってさ…。初めて彼女にあった場所も、そこだった。」
「え!?そうだったのか…。ごめん、辛い事思い出させちゃったかな。」
「いや、そんな事ないよ。」

 ヒューは俺に向けて安心させるかのように微笑むと、2本目の缶ビールを一気に飲み乾した。

「俺はさ…辛いから忘れるとか、そうゆうのは嫌なんだ。出会いがあれば絶対に別れもある…。別れは確かに辛く苦しいモノだ。」

 まあ、これは半分くらい受け売りの言葉なんだけど…そう付け加えてヒューは苦笑した。

「でも、別れが訪れてもそれまで一緒に過ごした時間は消えはしない。いつだって俺を支えてくれる。だから俺は辛い想い出も、楽しい想い出も、全部一緒に持ってこの先を歩いて行きたいんだ。」
「……。」
「リュウと一緒に過ごした想い出も、俺を強く支えてくれてるんだ…これからも、ずっと。」

 そう言うヒューの横顔には強い意思を感じた、
 きっと今だって色々迷いもあるだろうし、辛い事もあるはずだ。
 明日には訪れる俺との別れも、きっとその内の一つだろう。
 それを乗り越える為にヒューはまるで自分自身に言い聞かせているような…そんな印象を受けた。

「リュウ。」
「…?」

 改めて名前を呼ばれて俺はヒューの顔を見つめた。
 少し戸惑いを宿した瞳は夕日を浴びて、いつもより輝いているように見えた。
 いや、違う。
 ヒューの目にはいつの間にか涙が滲み出し、今にも零れ落ちそうになっていた。

「だから…たとえもう二度と会えなくても、俺達はいつだって一緒だ。お互いを支えて生きていける。」
「ヒュー…。」

 恐らく、ヒューはもう何となく察しているのだろう。
 俺達は本当は出会ってはいけなかった存在なのだという事を。
 そしてもう二度と、会えないという事も。

「……。」

 緋色に照らされたヒューの頬に一粒、涙が零れ落ちた。
 夕陽を反射して輝く涙はとても綺麗で、泣きながら優しく微笑むヒューの顔に俺は思わず魅入った。

「どんなに離れていたって、俺はリュウの傍にいるよ…。」

 そう言うとヒューはこちらに手をのばし、俺の髪を優しく撫でて頬へと手を当てた。

「だからさ、泣くなよリュウ…。」

 そう言われてようやく俺は気がついた。
 ヒューに触れられていない方の頬へと慌てて自分の手を当てる。
 確かに感じる…指先が、手のひらが濡れてく感触。
 俺が、泣いている?

「…ッ。」

 人前で泣くなんて恥ずかしくて、俺はとにかく涙を止めようとした。
 けれど泣く事を知らなかった俺に涙を止める方法なんて分かる訳がなくて、ただヒューの目の前でボロボロと涙を零した。

「…ヒュー…ッ、俺…。」

 初めての事に激しく動揺する俺を、ヒューは強く抱き寄せた。
 そして俺はただ、ヒューの腕のなかで泣き続けた。



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