駐車場に着くと熟睡しているヒューを揺さぶって起こした。
 流石に今朝ほど深い眠りに落ちてはいなかったようで、直ぐにヒューは目を覚ますと車内を見回した。

「…あれ!?もう着いたのか?俺、すっかり寝ちゃってたんだな…ゴメン。」
「気にするなよ、疲れてるところを俺が遠くまで連れまわしちゃったんだしな。」

 目を覚ましたヒューと一緒にトランクから荷物を降ろす。
 空になったクーラーボックスと大量の空き缶を担いで駐車場を後にし、KKのマンションへと戻った。
 潮風で肌がべたついていたのでまず先にヒューを風呂へと向かわせ、その間に俺は明日の朝食の下準備をする事にした。
 ヒューは朝から結構食べられるようだし、豪勢に作っても問題はないだろう。
 冷蔵庫から食材を取り出すと早速調理に取り掛かった。
 鍋にバターを放り込み、刻んだベーコンや玉ねぎ、にんじんを手早く炒めていく。
 ある程度火が通ったところで小麦粉をふり入れて混ぜ、野菜や魚介のアラを煮込んだ白ワインのスープを加えて食材をじっくり煮込む。
 その間に魚介類に包丁を入れたり、大量に買ってきたじゃがいもの皮むきをした。

「ん、シチューを作ってるのか?」

 山盛りのじゃがいもを鍋に入れているとヒューが風呂から出てきた。

「うん、俺が一番得意な料理だからさ。大体下準備は終わったから、もうちょっとしたら俺も風呂に入って休むよ。」
「そっか。明日は豪華な朝食になりそうだな。」
「ああ、そうだ。俺風呂に入ると長いからさ、もう先に寝てていいぞ。」
「分かった。明日の朝寝坊しないように休んでおくよ。」

 頷いて寝室へと向かうヒューの背を見送り、俺は料理の下準備を続けた。
 大体の準備が終わり、キッチンからリビングへと戻る。
 寝室を覗くとヒューはまだ起きていて布団の中で雑誌を読んでいた。
 早く寝ろよ、と一言声を掛けてから風呂へと向かった。
 そしていつも通りの長湯の後、リビングに戻ってみると寝ているはずのヒューが缶ビール片手に深夜のバラエティ番組を見ていた。

「なんだ、先に休んでろっていったのに、起きてたのか?」
「ああ、最初は寝ようと思ったんだけど…明日の夕方には帰らなきゃいけないと思ったら、一人で先に寝付けなくてさ。」

 …そうだ。
 明日の夕刻には、ヒューと別れなければならないのだ。
 俺はあの丘での事を思い出してしまい、胸元が苦しくなる感覚に襲われた。
 このままだとまた泣いてしまいそうだったので慌てて話題転換をした。

「とりあえずちょっとでも寝ないと明日辛いだろうし、一緒に寝ようか。」
「ん…ああ。」

 俺の言葉にヒューは小さく相槌を打つと、空になった缶ビールを片手にソファから立ち上がった。
 ビールの缶をヒューがキッチンへと捨てにいく間、俺は先に寝室へと向かい布団の中にもぐりこんだ。
 暫くしてヒューも布団の中へともぐりこんできた。

「…懐かしいな。」
「ん?」

 ベッドの中ヒューと目が合い、俺は初めてヒューと並んで寝た日の事を思い出していた。

「こんな風にヒューと一緒に並んで寝た夜の事、思い出してさ。」
「ああ、懐かしいな…。確かあの時は俺の寝相が凄く酷くて…。」

 そこまでいうとヒューは突然黙り込んでしまった。
 KKの寝室の照明は比較的暗い物のはずなのに、ヒューの顔がみるみる紅潮していくのが何となく分かった。
 まだ寝ぼけて俺を抱っこした事を恥ずかしがっているのだろうか?
 俺は一つ溜息を吐き出して、ヒューに苦笑した。

「あの夜の事、まだ気にかけてるのか?そんな今更恥ずかしがる事でもないだろ。」
「……へ?え、ぇえええええっ!!!リュウ、お、お、起きてたのか、あの時!?」
「ああ。」

 布団が跳ね上がらんほどのヒューの驚きように俺の方がちょっと驚いた。
 ヒューが寝ぼけて俺に抱きついてきた時、確かに俺は起きていた。
 結局その後ヒューに抱きつかれたまま俺は眠ってしまったが…。
 問い掛けに頷いた俺を、本当に申し訳なさそうな表情でヒューは見つめてきた。

「え、あ、そ、そうなんだ。そうだったんだ…。そっか…そ、その、リュウ、ごめん…。」
「謝る事でもないだろ、寝ぼけて俺に抱っこした事なんて。次の日の夜は俺がヒューを抱っこして寝たんだしさ。」
「へ…?あ、あれ?じゃあ、あの時は起きてなかったのか?」

 ヒューの返事に俺は首をかしげた。
 どうもヒューの言う「あの時」と、俺が思っている「あの時」が違う物のように思えてきた。

「ん…あの時って?寝ぼけて俺に抱きついてきた時の事じゃないのか?」
「あ。いや!うん、そうそう!本当、俺って寝相悪いからさ…ごめんな。」

 何故か急に安堵の表情になったヒューを訝しく思いながらも、それ以上追及するのはやめておいた。
 何となく触れてはいけない話題のような気がしたからだ。

「おやすみ、ヒュー。」
「うん、おやすみ、リュウ。」

 俺はヒューに挨拶をして部屋を僅かに照らしていたダウンライトを消した。
 真っ暗な部屋の中、暫くしてヒューの寝息が聞こえ始めてきた。
 本当にヒューの寝つきはいい。
 もしかしたらあまり睡眠をとらない俺の分まで寝てくれてるのかもしれない。
 そんな事を思いながら俺もようやく眠りへとついた。


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