朝食の後、俺達はリビングのソファに並んで座りくだらない話をした。
相変わらず俺には彼女ができない事とか、トビーズのどんどんエスカレートしていく悪戯の事とか、整備の話とか…。
話に夢中になりすぎて、ふと気が付いた時には既に正午を回っていた。
朝食に出したじゃがいもの料理をどうしても覚えたいとヒューが言ったので、昼には二人で一緒にその料理を作った。
マッシュポテトにたまねぎやチーズなどを入れ、メレンゲと混ぜ合わせて油で揚げる料理だ。
キッチンに並び、二人で交互に卵白を泡立てた。
ヒューは器用なうえ物覚えもとてもよく、材料のレシピさえあれば次からは俺がいなくてもうまく作れるだろう。
「練習して上手く作れるようになったら妹に作ってみるよ。」
材料と手順を適当に書いたレシピを渡すとヒューは嬉しそうに言った。
上手く作れるようになったら俺にも作ってくれよ…危うくそう言いかけて俺は言葉を飲み込んだ。
「頑張って上手く作れるようになってくれよ。俺が教えた料理をまずいなんて言われたら嫌だからな。」
代わりにそう言うとヒューは「リュウの味が出せるように頑張るよ。」といって優しく微笑みかけてきた。
その笑みをみていたらまた息苦しくなってきて、俺はヒューから視線を逸らした。
食事の後も俺達は刻一刻と迫る別れへの淋しさを紛らわすかのように、延々と話しつづけた。
そして、遂にその時は来た。
「……。」
16時を告げる音が携帯から鳴り響き、俺達は口をつぐんだ。
もう、最寄の駅へと行かなければならない。
「そろそろ、行かなきゃ…。」
ヒューは俺に向けて淋しそうに微笑んだ。
「ああ…。」
平常心で応えたつもりだったのに俺の声は酷く上ずっていて、それ以上しゃべるとまた泣いてしまいそうで何も言えなくなってしまった。
そんな俺をヒューは再び強く抱き締めてくれた。
俺もヒューの背に腕を回し、強く抱き返した。
もう、こうやって互いの鼓動を確認しあうような抱擁も二度と出来なくなる…。
そう思うと胸に込上げる淋しさに堪える事が出来ず、結局俺はヒューのTシャツをまた少し濡らしてしまった。
ヒューの背に回していた腕を解き、涙を拭うと再び互いに見つめあう。
「…ん。」
ヒューは俺の方へと顔を寄せると濡れた頬に軽く口づけをした。
俺達の故郷では親しい間柄の人間同士ならば、ごく当たり前に交わす挨拶だ。
だがそんな挨拶をした事がなかった俺は酷くどぎまぎしてしまい、直ぐに返事をする事が出来なかった。
俺は暫くヒューと見つめあった後、涙に濡れたヒューの頬へとそっと唇を寄せた。
そして再び見つめあい、微笑んだ。
「さあ、行こうか…。」
ヒューの言葉に俺は視線をそらして小さく頷いた。
唇には今まで感じた事もなかった柔らかい感触が残り、暫く照れくささが取れなかった。
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