荷物をまとめると俺達はKKのマンションを後にした。
最上階から1階まで一気に降りていくエレベーターのフワリとした感覚が胸につっかえて取れなかった。
どこか落ち着かない浮いたような感覚のまま、マンションを後にする。
駅へと向かう長い道を俺は黙ったままヒューと並んで歩いた。
もう、僅かな時間しか一緒にいる事が出来ない…そう思うとどうしようもなく焦りを感じるのに、何も出来ない。
「…。」
視線を上げてあたりを見回してみると、普段はちょくちょく人と擦れ違う道も今日は何故か誰もいない。
神様が気を使ってくれたのかもしれない…ふとそんな事を思った。
小さな駅に着くと切符売り場で一番安い乗車券を購入する。
ヒューが東京駅までの切符を購入したのを確認してから改札へと向かった。
改札に小さな切符を通す。
電車が止まってしまえばいいのに、ついそんな事を思ってしまう。
実際止まってしまったって、ヒューとはどちらにしろ別れなければならないのに…。
長い階段を昇り、ホームへと足を踏み入れる。
誰も居ないホームはひどく物淋しい印象を受けた。
「…リュウ、ありがとうな。」
無言でホームにたたずむ俺に対してヒューが一言、礼の言葉を投げかけた。
そんなヒューに対して俺は無言で頷く事しか出来なかった。
上手く言葉が見つからない…。
どう言葉をかけていいのか分からず、俺はただヒューを見つめた。
「そうだ…。」
同じように無言で俺を見つめていたヒューが何かを思いついたのか、小さく声をあげた。
そしてジャケットのファスナーを下ろすとTシャツの中へと手を突っ込む
中から取り出されたのは小さな十字架、ヒューが肌身離さず身につけていたものだ。
「これ、リュウが持っていてくれ。きっとリュウの事、守ってくれる。」
そう言ってヒューは俺に向けて十字架を差し出してきた。
「おい、待てって。これ大事なモノなんだろ?」
「そりゃ大事な物だけど…だからこそリュウに持っていてもらいたいんだ、リュウにならきっと神様も許してくれる。」
「……分かった。」
ヒューの十字架は受け取らず、俺は自分の首に掛けてあった十字架を外してヒューの方へと突き出した。
「それが無くなったら祈りを捧げる時に困るだろ。…俺の持っていけよ。」
「え、でも…。」
「じゃないと、俺も受け取らないぞ。」
「…ん、分かったよ。ありがとう、リュウ。」
ヒューから十字架を受け取り、代わりに自分の十字架をヒューへと差し出した。
十字架を握り締めると冷たい手のひらにヒューの温もりが伝わってきて、胸が苦しくなった。
その時、俺達以外乗客のいない構内に電車がまもなくやって来る事を告げるアナウンスが響いた。
俺達は電車が進入してくる方へと自然と目を向けた。
「………。」
別れの時が遂に来たんだ。
さっきまで遠くに見えていた電車がホームへと進入してきて強い風が髪を乱した。
停車した電車のドアが開き、ヒューが無言で一歩車内へと足を踏み入れる。
小さな駅での停車時間は短い、あっという間に発車を告げる音がホームに鳴り響く。
車内から涙目で見つめてくるヒューに向けて、俺はアナウンスの音に負けない声で叫んだ。
「ヒュー!俺は、いつもヒューの傍にいる、俺達はいつだって一緒だ…だから!」
だから、別れの挨拶なんて必要ない。
ドアが閉まり、ヒューを乗せた電車がゆっくりと加速を始めた。
俺は十字架を握り締めた拳を空へと突き上げ、ヒューも同じように拳を突き上げた。
「…ッ。」
電車はあっという間にスピードに乗り、街中へ向けて走り去ってゆく。
車体が見えなくなってからも俺は暫くの間、電車が走り去っていった方を見つめた。
「………。」
どんなに離れていたって、俺達はこれからもずっと一緒だ。
互いが互いを支えあって生きていける。
…けれども、今だけは涙を止める事が出来なかった。
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