現場を目撃されてから更にヒューを抗争に巻き込んでしまったりと厄介ごともあった。
が、そのおかげでヒューの警戒心は逆に薄らいでいるようだった。
警戒というよりも、今はKKの事を信頼しているのだろう。
―やるのなら、今がちょうどいい。
工場横の事務所のソファに腰掛け、KKは煙草の煙をくゆらせた。
KKの視線の先では深夜に突然やってきた客人をもてなすために整備士の青年がコーヒーを入れている。
ついさっきまでは頼れる修理屋だったが、今はKKにとっては獲物だ。
首元に視線をやれば、先刻まで熱心に仕事をしていたせいか酷い油汚れがついている。
獲物を自然に呼び寄せるにはちょうどいい口実だ。
「おい、首のとこに油汚れついてるぞ。取ってやろうか。」
「え?本当ですか!?ん〜…俺からは見えないんですけど…。すみません、じゃあ取ってもらえますか?」
ヒューはにこやかに微笑んで茶色のウエスを差し出すとKKに背中を向ける。
あまりに無防備な姿にKKは思わず眉根をひそめた。
目撃された時から暫く時間を置いたおかげか、ヒューはKKに対して完全に警戒心を解いたようだ。
「…。」
骨の数が数えられるほどに細いうなじにウエス越しに手をかける。
後は簡単だ…頭を掴んで、少し力をいれて捻ってやればいい。
その後に車の下敷きにしておけば、ジャッキの故障による不慮の事故と処理されるだろう。
―悪ぃな…。
心の中でヒューに対して謝った事にKKは自嘲した。
ターゲットに情けをかけるなんて、掃除屋失格だ。
一度目を閉じて再びその目を開いた時、そこには冷たい光が宿っていた。
そして僅かに指に力を込めた、その時。
〜♪♪♪
突然鳴り出した胸元の携帯にKKは慌ててヒューの首から手を離した。
陽気なパーカッションはGのおやっさんからの着信を知らせる音だ。
「あ!その着信ちょっと昔に流行った洋楽ですよね。俺それ好きなんですよ。」
のんきに振り返るヒューに引きつった笑みを送ると、KKは携帯を操作して着信に応じた。
「おやっさん、何だよ。」
『まだやってないか?』
Gの単刀直入な質問にKKは苦笑を浮かべる。
「あーこれからしようと思ってたところだ。」
『いいかよく聞け、今すぐ帰って来い。もちろん手を出すな。いいな。』
「あ?ちょっと待てって、どうゆう事だ?」
『…後で説明する。いいな、とにかくやるなよ!』
用件だけぶちまけるとGからの通話が一方的に切られる。
ツーツーと音を漏らす携帯をKKはいぶかしげに睨み付けた。
「あ、あの、KKさん?どうかしましたか?」
KKが通話している間にカップにコーヒーを用意したヒューが恐る恐る言葉をかけた。
「…わりぃ、急用できちまった。また明日来るわ。」
「え、ちょっと、コーヒーくらい飲んでいったら…!」
突然事務所から出て行った掃除屋を、ヒューは2杯のコーヒーを手にもって呆然と見送った。
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